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 ようやく用事が終わり、フィリップの元へと向かう。

 ベッドに身を起こしていた彼は、私を見るなりパァッと顔を輝かせた。


「リリア!」


 駆け寄った私に両腕が伸ばされる。

 おずおずと体を寄せると、やんわりと抱き締められた。


「大丈夫? 怪我はない?」

「うん、心配かけてごめん」

「……ううん。君が拐われたって聞いて、いても立ってもいられなかったんだ。ここから出られない自分がもどかしかった。助けに行きたかったな」


 残念そうに眉根を下げるフィリップに、思わず軽く笑ってしまう。


「それじゃあ、今度は助けに来てね」

「……そうだね、でも、これ以上こんなことは起こって欲しくないよ」


 キラキラと青く輝くサファイアの瞳に見つめられる。


「僕の病気が治ったら、絶対にリリアを怖い目に遭わせないからね。僕が守ってあげるんだ」


 フィリップは視線を閉じられたカーテンに遣った。

 まるで窓の外の景色が見えているかのように、目を細める。


「僕が元気になったら……まずは剣の腕を鍛えよう。リリアを守れる騎士になって、それから庭で青空を眺めながらお茶をしたい。君に似合う花冠を作るんだ。リリアの黒髪には何色の花が似合うかな……」


 フィリップが背に回した腕にギュッと力を込めた。

「僕は、こうやって一日一日生きていられるだけで幸せだと思ってた。でも、リリアが来てくれて、他にも沢山の幸せがあることに気づいてしまって……どんどん欲しいものが増えていく」


 細い背が震えているのに気づく。


「……生きたいな。生きて、君の側で生を全うしたい。僕は……贅沢になってしまったのかな」


 縋るように力のこもった腕に、抱き締め返すことしか出来ない。

 私もフィリップに生きてほしい。

 生きて、彼が望んでいる幸せを手に掴むことができたのなら。

 その為に出来る事を、今はするしかない。

 淡く光るフィリップの背を、そっとさする。







 しばらくは一進一退の日々だった。

 調子が良いかと思えば、急に体調を崩す日がやってくる。

 呼吸が荒くなり、ベッドから起き上がることも出来ず、酷いときは血を吐くこともあった。

 そんなときは落ち着くまでつきっきりで力を使い、気を失うように眠りにつく。

 宮廷医師のヴィオラは頻繁に薬を変えているようで、それも相俟って中々調子の良い日が続かない。

 それでもフィリップは決して弱音を吐かなかったから、私も必死に頑張った。

 その日も、やっと呼吸が落ち着いてきたフィリップをしばらく見守ってから、部屋へと戻る。

 待っていたマークスが、厳しい顔を見せた。


「ジョシュアとその妹がやっと見つかったそうだ。今は地下牢に捕えられている」


 フィリップで占められた毎日のおかげで、あの出来事が遠く感じる。

『私のせいで』不治の病に冒されていたというジョシュアの妹。

 その妹の為に私を連れ去ったジョシュア。

 確かにあの時怖い目に遭わされたけど、そのまま目の前から消えてくれたら、もうそれでいいと思っていた。

 思い出したいような記憶じゃないし、今はフィリップのことで頭がいっぱいで、正直二人のことを忘れていたのもある。

 マークスも、その話題にはあまり触れたがらない。

『私のせいで』という言葉の意味を何度聞いても、「気にする必要はない」の一言でいつも突っぱねられてしまう。

 その二人がまだ捜索されていて、まさか見つかったなんて。

 マークスは珍しく視線を床に落とした。


「それで、ジョシュアが最後にお前に許しを乞い願いたいと言っている。死刑前に面会の希望があればできるだけ叶えてやっているが、今回は相手が被害者のお前だ、嫌なら無理にとは言わない」


 今、何て?

 マークスの言葉に物騒な単語が聞こえて、思わずその顔を見上げた。


「今、し、死刑、って……どういうこと……?」

「当然だ。王の客人である異界人に危害を加え、更には拐かしてその力を使う事を強要した。お前の力はフィリップ王子の為のもの。それを私欲の為に乱用するのならば、極刑が下される」


 そんな……だって、減るものでもあるまいし!

 王子の治療だって一生懸命やっている。

 その合間に人一人や二人助けたからって、何故それだけで殺されなければならないの?

 

「異論がありそうだな。だが、生憎これがここのやり方だ。それにこれはお前の身を守る為でもある。お前はこの世界の全ての民の命をのべつ幕無しに助けるつもりか?」


 マークスはピシャリと言い放つ。

 ……彼はいつも手厳しくて、いつだって私に正論を突きつけてくる。


「私の世界には、情状酌量という言葉があって……」

「悪いが、この世界でのそれは王の采配による。そしてその王は、ジョシュアに対してこれ以上無いほどお怒りでね」


 異論を挟む余地はない、と。


「どうする?」


 考える時間も与えられずに返事を促される。

 何だか、ジョシュアに会わせたくないみたいだ。


「……会い、ます」


 そう呟くと、舌打ちをされて眉を顰められた。


「暴力を振るって、強引に連れ去った相手だぞ?」

「それでも、会います」


 しばらく睨まれていたが、撤回する様子のない私に、マークスはもう一度舌打ちした。


「そう何度も舌打ちしないでくれませんか。嫌な気分になります」

「なら、大人しく部屋に引っ込んでおけ」


 これ以上顔も見たくないとでもいうように、背を向けられて荒々しい足取りで出ていこうとする。


「嫌です、会いますから!」


 だって、会って確かめたい。

『私のせいで』っていう言葉の意味を……。







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