14
ようやく用事が終わり、フィリップの元へと向かう。
ベッドに身を起こしていた彼は、私を見るなりパァッと顔を輝かせた。
「リリア!」
駆け寄った私に両腕が伸ばされる。
おずおずと体を寄せると、やんわりと抱き締められた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「うん、心配かけてごめん」
「……ううん。君が拐われたって聞いて、いても立ってもいられなかったんだ。ここから出られない自分がもどかしかった。助けに行きたかったな」
残念そうに眉根を下げるフィリップに、思わず軽く笑ってしまう。
「それじゃあ、今度は助けに来てね」
「……そうだね、でも、これ以上こんなことは起こって欲しくないよ」
キラキラと青く輝くサファイアの瞳に見つめられる。
「僕の病気が治ったら、絶対にリリアを怖い目に遭わせないからね。僕が守ってあげるんだ」
フィリップは視線を閉じられたカーテンに遣った。
まるで窓の外の景色が見えているかのように、目を細める。
「僕が元気になったら……まずは剣の腕を鍛えよう。リリアを守れる騎士になって、それから庭で青空を眺めながらお茶をしたい。君に似合う花冠を作るんだ。リリアの黒髪には何色の花が似合うかな……」
フィリップが背に回した腕にギュッと力を込めた。
「僕は、こうやって一日一日生きていられるだけで幸せだと思ってた。でも、リリアが来てくれて、他にも沢山の幸せがあることに気づいてしまって……どんどん欲しいものが増えていく」
細い背が震えているのに気づく。
「……生きたいな。生きて、君の側で生を全うしたい。僕は……贅沢になってしまったのかな」
縋るように力のこもった腕に、抱き締め返すことしか出来ない。
私もフィリップに生きてほしい。
生きて、彼が望んでいる幸せを手に掴むことができたのなら。
その為に出来る事を、今はするしかない。
淡く光るフィリップの背を、そっとさする。
しばらくは一進一退の日々だった。
調子が良いかと思えば、急に体調を崩す日がやってくる。
呼吸が荒くなり、ベッドから起き上がることも出来ず、酷いときは血を吐くこともあった。
そんなときは落ち着くまでつきっきりで力を使い、気を失うように眠りにつく。
宮廷医師のヴィオラは頻繁に薬を変えているようで、それも相俟って中々調子の良い日が続かない。
それでもフィリップは決して弱音を吐かなかったから、私も必死に頑張った。
その日も、やっと呼吸が落ち着いてきたフィリップをしばらく見守ってから、部屋へと戻る。
待っていたマークスが、厳しい顔を見せた。
「ジョシュアとその妹がやっと見つかったそうだ。今は地下牢に捕えられている」
フィリップで占められた毎日のおかげで、あの出来事が遠く感じる。
『私のせいで』不治の病に冒されていたというジョシュアの妹。
その妹の為に私を連れ去ったジョシュア。
確かにあの時怖い目に遭わされたけど、そのまま目の前から消えてくれたら、もうそれでいいと思っていた。
思い出したいような記憶じゃないし、今はフィリップのことで頭がいっぱいで、正直二人のことを忘れていたのもある。
マークスも、その話題にはあまり触れたがらない。
『私のせいで』という言葉の意味を何度聞いても、「気にする必要はない」の一言でいつも突っぱねられてしまう。
その二人がまだ捜索されていて、まさか見つかったなんて。
マークスは珍しく視線を床に落とした。
「それで、ジョシュアが最後にお前に許しを乞い願いたいと言っている。死刑前に面会の希望があればできるだけ叶えてやっているが、今回は相手が被害者のお前だ、嫌なら無理にとは言わない」
今、何て?
マークスの言葉に物騒な単語が聞こえて、思わずその顔を見上げた。
「今、し、死刑、って……どういうこと……?」
「当然だ。王の客人である異界人に危害を加え、更には拐かしてその力を使う事を強要した。お前の力はフィリップ王子の為のもの。それを私欲の為に乱用するのならば、極刑が下される」
そんな……だって、減るものでもあるまいし!
王子の治療だって一生懸命やっている。
その合間に人一人や二人助けたからって、何故それだけで殺されなければならないの?
「異論がありそうだな。だが、生憎これがここのやり方だ。それにこれはお前の身を守る為でもある。お前はこの世界の全ての民の命をのべつ幕無しに助けるつもりか?」
マークスはピシャリと言い放つ。
……彼はいつも手厳しくて、いつだって私に正論を突きつけてくる。
「私の世界には、情状酌量という言葉があって……」
「悪いが、この世界でのそれは王の采配による。そしてその王は、ジョシュアに対してこれ以上無いほどお怒りでね」
異論を挟む余地はない、と。
「どうする?」
考える時間も与えられずに返事を促される。
何だか、ジョシュアに会わせたくないみたいだ。
「……会い、ます」
そう呟くと、舌打ちをされて眉を顰められた。
「暴力を振るって、強引に連れ去った相手だぞ?」
「それでも、会います」
しばらく睨まれていたが、撤回する様子のない私に、マークスはもう一度舌打ちした。
「そう何度も舌打ちしないでくれませんか。嫌な気分になります」
「なら、大人しく部屋に引っ込んでおけ」
これ以上顔も見たくないとでもいうように、背を向けられて荒々しい足取りで出ていこうとする。
「嫌です、会いますから!」
だって、会って確かめたい。
『私のせいで』っていう言葉の意味を……。




