4.非常
散々「お暑いねぇ、お暑いねぇ」と囃し立てる母親から抜けて自分の部屋へと入る。
「あら? 電話?」
数分前、小春から電話がきていた。なんだろう。友生会かな? というか、授業中だろ……。
秒針が半分回るほど考え、僕はリダイヤルボタンを押した。
「もしもし? 國定君?」
「あぁ、そうだが。なんか用でもあるの?」
「別にそういうことじゃないんだけどね……」
少し弱弱しい声を出す小春。
「っていうかまだ授業中じゃないのか?」
「保健室で横になってるなう」
「……大丈夫なのか?」
「全然全然大丈夫なわけないじゃん」
すごい笑いながら言われても全くこっちも信じる気にならないです。
「いやぁ、急に倒れちゃってさ。疲れか、貧血か、よくわかんないけど」
「働きすぎなんじゃないのか?」
「全然? 多分國定君より働いてないよ」
「俺より働いてなかったら、むしろ暇すぎて寝てるわ」
「あはは……でも会長よりは全然だから」
「あのなぁ……お前が会長を尊敬、いや恋する気持ちがあるのは知ってるが……」
「え、なんで知ってるの」
周りからしたら割とバレバレだというのはあるんだが、彼女はそこまで気付いてないのか。確かに僕はあまり彼女と会長との接してる部分というのは見たことないが、それでも細かい動きとか見てれば少しは分かるもんだ。
「本当だったのか……あまり僕も強くは信じてなかったが。だが、その会長は小春に倒れられても困るだけだろうが。頑張るとか、それより前に自分の体を守れって話だ」
「うん、そうだね……」
「で、本当になんで電話をかけたの?」
「いや、暇だったからさ……確か鷲ちゃんのクラスは今日急に休講になったって知ってさ」
「なんで鷲に電話をかけなかった」
「恋する乙女に電話をかけて邪魔したくなかったから」
「その恋する乙女の相方に、恋する男に電話を掛けるお前はなんだ、義理も心も失ったか?」
「いやぁ、本当は桐谷先輩の文字を見てて、今電話したら迷惑だなって思ったから近くにあった國定君の電話番号にかけた」
「……まぁべつに俺は迷惑だとは思わないし、どうせ暇だから話し相手ぐらいにはなるけどさ」
「さすが彼女持ちだね! 余裕が違うよ」
「これ以上煽るとお前の電話番号着信拒否するぞ」
「ごめんなさい、真面目になります」
いつもより弱弱しい声から、いつもより弱弱しい心が見える。彼女だって元気に振る舞ってる裏には、それなりの苦労があるんだろう。
「今さ、鷲ちゃんの顔を見るとなんか、妬ましいっていうのかな? 嫉妬を覚えるんだよね」
一歩間違えれば僕が意味を別方向に捉える言葉だった。
「昔、と言っても今年の三月、二月ぐらいだったけど、私が彼女のうわさを聞いて友生会にスカウトしに行ったとき、彼女は今とは考えもつかないほど死んだ顔をしていた。クラスメイトとか、私には頑張って振る舞っていたけど、なんか私に似てるなってそのとき思った」
僕はその場その場に適当な相槌を打ちながら聞く。入り込むすきが見当たらなかった。
「貴方と出会って、というか貴方と話している時だけ鷲ちゃんはとても明るく楽しそうだった。それも、私に似ていた。桐谷先輩と話してる時はとても楽しくて、時を忘れそうになるの。でも、今はもうそんなことがなくなっていた。心の底から「今」というこの時間を楽しんでいる、そんな顔をしているの。どうしてなの!?」
いきなり疑問を投げかけられたところで、そんな難しい質問の答えを僕が持ってるはずがない。でも。
「琴音は、自分の心を吐き出した。自らの心の中をすべて言葉に表した。だからじゃないか?」
確証なんてないが、琴音は確かに自分の気持ちを自分に打ち明けてから、それから彼女は段々に崩れかけてた自分の世界を再構築していた。
「簡単にいわないでよ! 自分を、自分を曝け出すって難しいんだよ!?」
「……知るかそんなこと」
僕は端的にそこで言い切った。彼女からの返事はない。
「いつか、いつでもいいんだ。桐谷先輩って人に、自分の心の中の気持ちを精一杯告げてみな。僕はその人の事を知らないが、しっかりと受け止めてくれるだろう。小春の気持ちがどれだけのものか知らないが、しっかりと考えてくれるだろう。僕が何を言えるなんて、そんな立場じゃないなんて重々承知してる。何を言えた口じゃないなんて、言われてもしょうがないと思う。でも、行動しなきゃ何も変わらないのは、僕だってわかってるさ」
しばらくは黙り込んでいた。普段はおちゃらけてる小春だが、やはりというか、心はすごくもろかったのか。
「……悪い。言い過ぎた」
「いいよ。しょうがないよ。グチグチ言ってるだけじゃ何も始まらないなんて重々承知してるから。國定君に、今この気持ちをぶつけてたいけどさ、それじゃだめだよね。わかってる。いつか、いつかあの人に絶対に曝け出して見せる。自分の中身を」
「その意気だ」
「変な話してごめんね。ちょっと、気が弱くなっちゃって。こんな程度で倒れるような私が会長なんて勤まるかなって」
「大丈夫だよ。小春なら絶対」
「ありがとう……」
心なしか小春は泣いてる気がした。しかしながら、その声は、少しばかり強くなっていた。
「鷲ちゃんがこんな男を選んだ理由がわかった気がするよ」
「こんな男とは心外だな」
「でさ、小春ちゃんとはどこまで行ったの? というか、どこまでしたの!?」
静かに通話を閉じ、僕はため息とともに少し笑った。




