2.屋上
僕と琴音、二人の秘密はだんだんと周りにばれてはいるが、屋上の秘密だけは誰にもばれてはいないようだった。二人にとって大事なところだ。守り抜くべきものだ。
「おまたせ」
二人の関係は周りに知れ渡っているので別に時間差で来る必要は無いが、なんというか数か月で身についた習慣なのだ。
さっそく僕は一人分にしては少し大きすぎる弁当箱を僕と琴音の目の前に置く。一つ屋根の下に住んでいるんだから、別々の弁当じゃなくていいよねってお母さんと琴音が朝から作っていた。男二人は、それを微笑ましく見ていた。
「開けていい?」
「どうぞどうぞ」
とてもにこやかな彼女の顔から弁当箱のふたへと目を移す。ふたを開けると、いわゆるお弁当の重鎮たちが、一堂に顔を並べていた。卵焼き、肉巻アスパラ、ウインナー、ハンバーグ、ブロッコリーやトマトなどのカラフルな野菜、そして大好物のから揚げなどなど。
「あとこれも!」
じゃーんとセルフ効果音を鳴らしながら二回りほど小さいお弁当箱みたいなのに、俗にいううさぎさんリンゴがあった。
「可愛らしいな」
「私が頑張って作ったんだ」
どこかしらか小学生とか、それぐらいのあどけなさが残る彼女がいとおしくて頭を撫でる。顔が綻ぶ琴音をみて、「よし、食うか」と音頭を取る。
「って、あれ? 箸が一膳しかない」
「ほ、ほんと?」
ぎこちない相槌を打ってくる琴音。
「……なんか魂胆が見えた気がする」
差し金はお母さんであろう。
「悠馬君のお母さんが二人で一つの箸を使えばきっとラブラブになるって……」
「うちの母さんらしいな」
ため息とともに吐き出す。
「と、というわけで」
彼女は僕から箸を奪うように取り、「何が食べたいです、か?」と顔を少し赤らめて精一杯いう。一月二月前、それぐらいだったか、琴音に「敬語をつかわないでくれ」なんて言ったことを思い出した。無理やり敬語を使わないようにと努力してる彼女は、どこか固くて、どこか一所懸命で、どこか面白かった。今の彼女は僕と普通にやわらかい会話をしてる。数か月で、さまざまなことが変化していることを僕は心の奥底で感じていた。
「え、えっとじゃあ……卵焼きで」
彼女のなぜか震えてる手はゆっくりと卵焼きを掴む。
「はい、あ、あーん」
「あーん……」
卵焼きはゆっくりと僕の口の中に入ってくる。誰かから食べさせられているという変な感覚。甘くて、フワフワで、とろけるような、ちょっと冷えた卵焼き。おいしかった。
「美味いよ」
「ホント!?」
吹っ切れたかの様に、本音を口に出した。
「悠馬君のお母さんから教えられて、見よう見まねで作ってみたんだけど、よかったぁ……」
「でも、正直、恥ずかしい」
「でも、一度やってみたかったんだ」
少し嬉々とした彼女の表情。彼女がしたかった、経験したかった「普通」の行為なんだろうか。
「はい、じゃあ僕の番」
彼女からまた箸を奪い取り、「何が食べたい?」と聞く。
「え、やだ恥ずかしい……」
「それじゃあ、琴音の食べる分がなくなるぞ?」
「……もう、しょうがない。じゃあウインナーで」
僕はウインナーをそっとつかみ「あーん」と声を出しながら彼女の口に近づける。
「あ、あーん……」
彼女は少々恥ずかしがりながら口を開く。変に色っぽい口元を見て、そしてまた食べるときとは違う変な感触を味わう。
「美味しいよ」
「それは自分に言っておけ」
食べさせ合いっこをしていたら、授業開始五分前の予鈴が鳴っていた。近くでは、何か意味ありげに蝉がうるさく鳴いていた。




