7.登場
琴音(の姿をした別人)と一緒に屋上を過ごしたのは、もう二週間程度ぶりだったか。
煩悩は、僕が首を思いっきり振った程度じゃ払いきれなかった。
「悠馬君、そういえばお父さんとお母さんは?」
琴音は台所で料理を作っている最中だ。
「……あっ」
琴音から今言われるまですっかり存在を忘れていた。というか、あれ以降どうなったんだ?
「……私のせいかな?」
……どういう意味でだ? とは聞けなかった。
「ま、あいつらの事なら何が起きても日本にゃ帰ってくるわ」
「随分と楽天的だね」
「今までもそうだったからな」
そこで会話は途切れた。
確かに不吉な電話があってから一言も親とは言葉を交わしてこそいないが、謎の自信というか安心感に満ち溢れていた。
でも、今のこの状況を親が見たらどうなるか……いろいろうるさそうだな。でも、まぁ、それでもいいか。
目まぐるしく変わる日常風景……人間って簡単に順応できる。数か月前までは、僕は鷲の事も知らないし、一緒に住んでいたのは僕の一応の母親だ。でも今は、鷲が近くにいて、そして一緒に住んでさえいる。鷲からの信頼、愛情、もはやこの現実だけで、僕はそれを強く受け取れる。
確かに問題点を挙げるとするならいくらでもあるだろうが、とりあえずは平和な日常だ……。
なんて思った三秒後、平和を乱す奴らが来たのだ。
ガチャっと玄関から音がする。さすがに普通の人なら――掛川や望月も含めて――インターホンぐらいは押すだろう。
誰だろうか。
僕は玄関に急ぎめに出る。
「よぉ悠馬、ただいま」
「お、お父さん!?」
一瞬我を失いかけたが、その一瞬で冷静さを取り戻し、その一瞬で頭のメモリのキャパシティが消えた。
「悪いな電話もなしに。サプライズってところだ」
「お母さんは?」
「あぁ……晩飯買ってくるとか言ってた」
「とりあえず電話して晩飯は二人分だけ買って来いって言ってくれ……いや僕がやるわ」
多少怪訝そうな顔をする。この状況をお父さんなら当たり前のごとく受け取ってくれる気もするが、説明が長くなりそうだ。
「なんでだ?」
「じきにわかるよ」
そういった瞬間、台所から琴音が「何があったの?」とこちらに顔をのぞかせる。
「な?」
僕は視線を琴音からお父さんへと向ける。そのお父さんの表情は、笑ってしまうほど驚きを隠せてなかった。
「お父さんそこまでおどろか……」
そこまで言って、お父さんが変なことを叫んでいた。
「菜月!? 菜月か!?」
「は?」
いきなり別人の名前を叫びだした。
「いや、彼女は鷲 琴音っていうんだけど……」
琴音は僕の言葉につられ一礼。そして数秒の沈黙。
「いや、知り合いに似てたもんで、失礼。鷲ってことは龍太郎の子供か?」
「えぇ、そうです」
後ろから琴音が答える。やけにすっと名前が出るもんだ。僕だって調べて初めて知ったんだし。
「知り合いなの?」
「まぁ昔な……あいつも一応俺と同じ大学だったし同じ学科だし同じ年齢だし。あいつは医者になりたかったみたいだが、親の後を継ぐために製薬の方へ移ったんだよな」
チラと琴音の方へ視線を動かすと「へぇ」といったような多少興味があるような顔をしている。
「こいつの彼女か? 物好きだね」
お父さんは、琴音についてそれ以上は何も言わなかった。聞きたいことはいっぱいあるんだろうが……多分全部察してるんだと思う。
「琴音はお父さんに何か飲み物出してあげて。その間にお母さんへ電話するから」
「わかった」
……お父さんはさっぱりとしてるが、お母さんがこの状況を知ったらどうなるんだろう。
「悠馬」
「何?」
「お母さんの事ならまかせておけ」
……なんとも心強い味方だ。




