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屋上少女  作者: 悠(はるか)
第七章「甘さ控えめコーヒーと恋」
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2.相乗

「……やっぱうまい」

 静かな朝ご飯。日も照りつけ、多少熱いぐらいのリビング。日が当たったフローリングが白く明るく輝き、境界線がくっきりとする。僕は雀の声を聴きながら鷲が作ったご飯に舌鼓。

「冷蔵庫の中とか勝手に使っちゃっけど……」

「それぐらい構わないよ」

 こんだけ旨いもの食べられれば、そんな言葉はお茶とともに流した。

「質問攻めになってるようで悪いけどさ、なんで僕を避けるようになったんだ? まぁ原因は親のことを知ったからなんだろうけど……それだけ、か?」

 彼女はコツン、と持ってるお茶碗をおく。

「國定君が思ってる以上に、私は親のことを嫌ってる」

 僕から持ちかけた話だが、前振りもなく突然話すので僕も箸を置いて畏まるほか何もなかった。

「それ以上に、親の存在というものを知られたくなかった。あの人達が私の親とは思えないのに、それなのに他の人からは"親"というものだとされてしまう。そして親の地位、名誉名声、私の親は特別高い。あまり表だって活躍するような会社じゃないけど何百名と、何千名と社員を抱える大企業、そのトップなんだから」

 僕と彼女の価値観の違い、そういうものを今痛感している気分だ。

 彼女は一息つく。

「その地位が憎かった、その名誉が憎かった。子供のころからあこがれていた、皆が日常で体験できるはずの『普通の生活』が私にはできなかった……。お父さんもお母さんも、私を娘だと思ってないんじゃないかってそう思ってた。両親ともに仕事で帰らず私は親以外の愛で生きてきた。ほら、今も私が家出したっていうのに携帯には連絡はないし、いまだ誰も探してない。所詮、そんな親なの」

 幼いころからの彼女の環境、それが親を"親"と思わず、ただただ憎むべき存在に仕立て上げていた。僕とは正反対の思いだ。

「でも一応一人の人間として、会社のトップのお父さん、それを支えるお母さんは周りの目からは大層輝いて見えるんだと思う。小学校の時、私の親のこと知ったいろんな人が『すごいね』『お金持ちなんだ』とか、勝手なことばっかり言って」

 彼女はかすかに嘲笑った。鷲の心の底からの叫びがそのかすかな黒い笑みから伝わる。僕は逃げるようにお茶を飲む。かすかに冷めていた。

「確かに、お金の面で不自由なことはなかったかもしれない。だけど姿も見えない親から形の見えない紐で縛られ、普通の人にはできることほとんどできなかった。親から言われなかったことは勉強と、あとは恋愛ぐらいかな。なんかこういう格式あるっていうといろいろ間違ってるけど、頭の固い人たちが真っ先に規制するべきものを規制しなかったのはいったいなんでだろうって今でも思ってる」

 僕は一口漬物を食べる。きわめて酸っぱい漬物を選んだ。

「勉強では負けることはなかったけどその他の部分で勝ったことはなかった。私は自由というものを子供ながらに嘆いて、それを噛みしめられない周りの人たちが嫌いだった。何よりも私の親のことを知ってる人たちから「いい親だね」とか「すごい親だね」って聞かされて、私は悲しかった。親のことを知らない、私の親であって"親"でない人のことを何一つわからない人たちが、ただ目の前の絵を見て「すごい」って言うのは私の中では何よりも悪口だった。他人と私の中でのそのジレンマが、そういう人たちから私を遠ざけた。いつしか、私は必死に親のことを隠して、親のこと知ってる人からはそっと離れるようになった」

「僕も、例外無く……か」

 僕は彼女の理解者である、そううぬぼれていたんだが所詮「他人」の部類だったってことだ。

 しかし、彼女は首を振る。

「國定君は、だれよりも私をわかってくれた。そして、誰より私に優しく接してくれた。私はあなたのことがいつからか友人とか命の恩人とかそういう視点じゃ見れなくなっちゃった」

 彼女がかすかに顔を赤らめると、何周かまわって僕も恥ずかしくなる。

 僕はかすかに残った冷たいお茶を飲み干し「じゃあなんで僕から遠ざかった?」と聞く。

「貴方の優しさが私をどんどん攻め立てた。國定君が優しくしてくれるたびに『私がもっと不甲斐なくなければ』と思っちゃうし、國定君の優しさは國定君自身にとって重荷なんじゃないかって、勝手に思っちゃって。で、そんな渦中に國定君からあの話をされた」

 鷲の親が大きな会社の社長だった――僕にとっては些細なことでも、彼女にとってはかなり大きなことだったんだ。

「私はもう堪えられなかった。國定君が私のことを一つ知るたびに、國定君は私に優しさを降り注いでくれる。そして、その分私は國定君への錘を重くしているんだと思っちゃう。これ以上、國定君に迷惑かけたくなかった……今思うとただの自惚れだったのかもね」

「そんなこと言われたらこっちが申し訳なくなっちゃうだろ」

「ごめん……」

「傍から見れば、そんな程度か、って思う。鷲にとってはすごい大事なことなんだろうけど」

「確かに、そうかもね」

「今までずっと一人きりでこの苦痛に耐えてきたんだろ。一人で抱え込んで。なんで誰かにそういうことを話さなかったんだ?」

「一度だけ小学校の時話ししたことがあるんだけど……なんて言うか門前払い。無駄なことには足を突っ込みたくないのか、長い話に付き合う気はないのか、軽くあしらわれてね……。私は一度起きたことを長く引きずっちゃう人だからそれ以来誰にもこの話をしてないんだ」

「……そっか」

「でも國定君ならしっかりと聞いてくれと思ってるから」

 僕は立ち上がり急須にお湯を入れる。

「当たり前だろ。彼女の話なんだから」

「そ、そういうの良いから! ……どうせ付き合っても付き合わなくても聞いてそうだけどね」

「それは僕にもわからないな」

 十数分程度、彼女の気持ちのこもった話を聞いた。立ったついでに足腰を伸ばしながら彼女の話を思い出しだし少し恥ずかしくなる。

「話してくれてありがとうな」

「私も、話してすっきりとした。ありがとう、國定君」

 彼女はこれだけ深く闇の蔓延った話をしたというのに、一緒に皿洗いをしたときには他愛のない話をしていた。

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