8.「鷲」愛情
最近――と言っても昔からうすうす気づいていたことなのだが――私の心が暗くなれば暗くなるほど、この『病気』は強くなってくると分かった。そして『病気』が強くなればなるほど私の心に雲が幾重にもかかり、負のスパイラルへと引きづり込まれる。
國定君と最初に出会ったとき、それが私の負のスパイラルを止めてくれた出来事だった。どうしようもないほど暗い心に、一筋の光が照らした。縋るのは至極当然のことだった。
ベンチに座りながら私はそう心の中で嘆いていた。そして、この状況を多少冷静に悲観していた。
「そこの子ー! 暇なら俺たちと遊ばなーい?」
典型的なナンパである。私が一人であるから彼らは私を狙っているのか。私にそこまで魅力があるのかは知らない。しかし原因は私、正確に言えば私の『病気』であることを感じている。
「こんなに可愛い子が夜中にひとりじゃ危ないよぉー」
「俺達これから町へ出るんだけど一緒にどうよ」
男が三人。私は軽く見据える。体も大きく、反抗なんてできるはずはなかった。
考え事をしていた間に囲まれていたのだ。避けられなかった私を責める。
ちょっと私は震えていた。無言の間に私は必要以上の恐怖を感じていた。そして、今まで隣にあった暖かさを求めていた。
なんて馬鹿だったんだろう。私は後悔の積に襲われる。私みたいな人間は、こういう男たちに弄ばれて、捨てられる運命なのだろうか。
「なんか言ってよー」
真ん中の多分リーダー的な男が話しかけながら私に触る……動作をしていたところまでは視界に残った。私は軽く目を瞑る。しかし、次の瞬間には腕にあるはずの感触も、目を開いてもそこにあるはずの男の手も、そして目の前に立っているはずの男の存在が無くなっていた。刹那の出来事に私の頭がおかしくなったんじゃないかと思う。
私は視線を動かす。すると、三人だった男が一人に減っていた。……もとい人間だっただろう屍が三つ転がっていた、ともいう。
「大丈夫か」
ちょっと息を切らしているその声を聴くだけで、私は泣きそうになった。
「これ……國定君がやったの?」
多分、二週間、それ以上振りの会話だった。
「僕は魔法使いだから」
彼は冗談のように言っているが、これだけの大事は魔法でも使わない限りできるはずがない。しかし、何より言い難いうれしさに襲われていた。安堵と、嬉しさと、感謝と、謝りたいその気持ちがいっぺんに私を突き動かす。
「何で……私なんかを助けるの……」
涙ながらにした、私の今の一番の本心だった。
「お前のことが、好きだからかな」
…………。
…………。
……今なんて? 今なんて言ったの? 私は混乱してる頭で、その言葉を咀嚼する。
「聞こえなかったか? お前のことを誰よりも愛してるって言ったんだ」
私は彼の顔を仰ぐ。淘汰されきったその吐き出されたように言われた言葉は、彼の顔を真っ赤に染めていた。
気づけば、頬になんかが伝っていた。
「うぅ……卑怯だぁ……」
涙と、笑顔と、困惑が私の表情を作り上げる。
「泣かないでくれよ……なんか告白したのにこっちまで悲しくなるじゃないか」
國定君は私の隣に座る。
私は怖くなって彼に抱きつく。今になってさっきの恐怖が現実へと私を寄り戻す。
「…………」
國定君は少し体を硬直させた。……彼は女子を嫌っていたのはこういうところからも垣間見える。
「怖かった……ありがとう」
「鷲ならあれぐらい一人でどうにかできそうなもんだけどな」
彼は体をピンと張ったまま冗談を言う。
「そんな強くないよ……」
「だったら、僕が守ってやる。鷲を守れるのは、僕だけだからな」
彼は珍しく真面目な口調で自分を誇張した。
「だったら、もうちょっとこうさせて」
彼は無言で私を抱き返す。彼の温もりは体も、心も、癒してくれた。
「今日は夏も目の前だってのに寒いな。よかったよ軽く上着を着てて」
しばらく、私たちは一言も介さずにずっとこうしていた。気持ちでつながっていたかもしれない。
気づけば空は星が降っていた。
「ロマンチックだな。流れ星なんて」
「國定君はロマンチックとはかけ離れてそうだけどね」
「残念だなぁ、僕以上にロマンがある人なんてそうそういないとは思うぞ」
一瞬間の無言。
「あの、今更だけど、國定君に謝りたいの」
「何か謝られるようなことでもしたっけか」
彼はすっとぼけているのか、それとも本心からそういってるのか、よくはわからなかった。
「私の身勝手さが、貴方に何度も迷惑かけちゃったし。ずっと、ずっと貴方のこと思ってたのに、何もできなかった……。話したくても、私のプライドが許さなかった」
私は正直に告白した。
「いいじゃん、今こうしてるんだから」
その一言で、私の心は宙に浮いた。
國定君は、予想以上に楽天家だった。違う、人に優しかった。そう思うと、またちょっと涙が出てきた。
私は恥ずかしくなって立ち上がろうとする。……あれ?
「あはははは……腰ぬけちゃった」
「僕の告白がそんなに驚きだったのか。それはうれしいなぁ」
そういいながら國定君は私の体をひょいと持ち上げる。俗にいう「お姫様抱っこ」だ。
「え、ちょっと!? 恥ずかしいって!」
「あぁ!? せっかく好きな人が立ち上がれないんだから少しぐらいは僕に夢見させろ!」
何を言い出すかと思ったら、今の彼は少しお茶目だった。せっかくなので、私もこの状況に甘んじてみることにした。
彼の顔と、空の星と、私は交互に仰ぐ。彼の肩に腕をかけ、私は幸せをかみしめていた。




