3.戦場
電話の音。そしてともに来る虫の知らせ。
「もしもし。國定ですけど」
「智也か? 元気にしてるか?」
お父さんの声が聞こえる。少しほっとした。
「まぁ、ぼちぼち。急に電話とかどうした?」
「どうしたもこうしたもねぇ……。多分、というか絶対予定通りには帰れなくなった」
「……は? どういうこと?」
僕はさすがに驚く。
「今中米あたりなんだが……ちょっと大変なことに巻き込まれちゃってな」
「大変なことって?」
僕は少しづつ焦っていた。
「すまん、落ち着いたらまた電話するからじゃあな」
後ろでは何かざわざわといろいろな声が聞こえる。それは活気に包まれているのではなく、間違いなく混乱だ。
僕の不安は今までにないほどだった。
一方的に切られた電話の前に僕は立ちすくむ。何の前触れもない恐怖は、僕の頭をかきまわした。
また悩みの種が一つ増えたな……そう思いながら僕は椅子に腰かける。
何かイラついたまま、特に何もしないまま、時計の長針は半周回った。最近、やけに情緒が不安定だ。
「最近変なことが起きすぎてるんだよ……疫病神にでも憑りつかれたか?」
そこまで言い切って、鷲のことを思い出した。これも鷲のせい? なわけないか。そこまで深く考える必要もないな。僕は笑いとともに乾いた息を吐き出す。
「紅茶やるよ」
「ん? あぁ、ありがとう」
差し出されたペットボトル。違和感とともに僕は紅茶を一口。その味に、僕は台所へと走って違和感とともに塩辛い紅茶を吐き出した。
腹を抱えて笑っているのは掛川だった。
「てめぇ……いつ入ったんだよ!」
「いや何度ピンポン押しても開かなかったから勝手に入った」
「そこで普通の人は帰るって選択肢を選ぶんだけどなぁ……」
僕は一気に現実に引き戻された。
「最近考え事がすぎるんじゃないか?」
掛川はいきなり僕に向かって言い放った。僕は何も答えることができなかった。
「また何かあったのか?」
「あぁ……」
「そっか」
それ以上追及されなかった。多分彼もわかっているんだろう。
「あいつってさ、かかわってる人がみんな悪い方向に走って行ってるんだよね」
僕の意識の居所に等しい脳内に、彼の言葉が素直に伝わる。
「本当に疫病神みたいだよ。そのたびにあいつも疎遠されていってさ」
疫病神という言葉に僕はピンとくる。
「この高校入っても、その疫病神みたいなあれは続いたけどさ、でも彼女はずっと笑ってた。なんかうれしかったよ」
僕は、意識を取り戻して、彼に顔を向け、口を開いた。
「なぁ、お前は何でそんなに知ってるんだ? お前はなんなんだ?」
「俺か……。ただのストーカーだよな。中学のころからあいつが好きで、嫌われてるのわかってるのにそれでも近づきたかった。それだけなんだよな」
「一途かよ!」
僕は失礼ながら笑う。
「悪いか? 実際俺はみんなと離れて教室の端っこに座り込んでるだけだったんだけど、彼女がいたから、彼女に近づきたかったから、みんなと絡んだんだよ。残った抜け殻が今の俺だ」
「そんな引きこもりみたいな掛川は想像できないな」
「ほんとだぜ? メンタルも弱いから、嫌われた時は死のうかと思ったぐらいだし」
彼も軽く笑いながら話している。その顔は確かに吹っ切れたような表情を浮かべていた。
「でも、お前に言いたいことはこれだけだ。人生って、思った以上にうまく進んでる」
彼の顔は得意げだった。
「名言風に言えば、『地球は何があってもまわり続けてる』とかかな?」
「最後のは余計だったな」
掛川は不思議な人間だ。人の心を読んでるのか、それとも才能なのか。どちらにせよ、こいつは未来に頭が上がらなくなる人だろうな。
外は間もなく夏にもなるっていうのに、もう暗かった。今日の一日は苦しいほど長かった。




