9.滅場
テスト前日……だというのにやはり屋上に何も持ってこないポリシーは強いのか、彼女は弁当ひとつ持ってくるだけだった。
「また弁当だけか」
「ここだけ勉強のこと忘れられるし自由だしね」
「隣で勉強してやろうか」
「……私には自由なんてないのかぁ」
彼女は空を仰ぐ。僕は笑う。いつもと変わらない一日だった。しかし、僕は掛川から禁忌とされた一石を投じる。
「あの……さ。この前鷲って会社の話したじゃん」
彼女は見るからにいやそうな顔をする。やはり毛嫌っていたのは事実だったのか。
「それが……何?」
彼女の言葉の威圧に蹴落とされそうになる。
「掛川から聞いたが、そこのご子息だって……なぁ?」
「……チッ」
彼女は舌打ちをする。今までで見たこともない姿であり、今までの彼女からは想像もできない姿であり、今までで一番驚かされた姿だ。僕は恐ろしさから身を構える。
「よりにもよって國定君が知っちゃうんだ。ずっと隠し通そうと思ってたけど。そっか、しょうがないね」
彼女の気迫はだんだんと強くなっていく。
「そうよ、私はこの会社の創立者、鷲家の御曹司と言ったらちょっと身分も高く感じるけど、まさにそれよ。だから、こんな生活を強いられてるの!」
彼女は熱弁をふるうように、その顔は鬼気迫るものがあった。初めて見たような、感情的な彼女の姿。いきなりのことに僕も頭が混乱する。
「國定君にだってわかってもらえないよ。生まれたくもない家に生まれて、まともな愛なんて知らないで、ずっとこうやって生きてきて。いやになっちゃうよ。だから、だからせめてこの学校では、学校生活ではそういうことを隠したかった。別に親が偉いから私はえらいわけじゃない。私はみんなと同じがよかった! なのになんで!」
彼女の熱弁は、僕の心に直接響くようだった。言葉がだんだんとたどたどしくなったが、それにつれ感情の奥深くが見えるようだった。
「……ごめんね」
急に冷えた彼女はペタリと床に座った。そんな彼女に僕は声をかける……一瞬手前、彼女はいきなり屋上のドアへ向かいそのままどこかへ行ってしまった。
何もできないまま、僕は彼女に差しのべた手を下におろして「どうしちまったんだよ」とつぶやく。
彼女は、親が大企業の社長であることを嫌っていたのか。それとも、愛のない生活を嫌っていたのか。何にしろ、今の彼女の話からは様々なことがわかった。親を、生活を、そして自分を卑しく否定する。そんな彼女から汲み取れたピースは、断片的にしかわからない情報をだんだんとつなげた。まさしく完成図のないジグソーパズルだ。
しかし、そうなると僕は約束を果たすためには多大な努力が必要なんじゃないかと思った。彼女にまたバスケをさせる。その目標の達成には少なくとも親を変えなきゃならないということが必要なんじゃないか。なかなかに厳しいことは目に見えてる。
僕は屋上に寝そべって、また目を瞑る。風のない屋上は太陽が照りつけ、非常に暑い。
僕は、この日から彼女との関わりを切った。いや、切られた、というほうが正しい。




