4.片状
青空を見上げると、何故だか久しぶりに会ったような気がした。
「そろそろテストか」
「今回は國定君に勝つ」
「意気込みだけは忘れるなよ。そして一生忘れないことも決定してるから」
「ぐぬぬ、その自信は一体どこからあふれてるんですか!」
昼休み……ではなく正確に言えば昼休み前の授業中だ。ただ、先生が出張のため授業が休みになり、今こうして目的のない雑談を僕と鷲で繰り広げていた。
先日まで曇り時々雨の天気が一週間近く続いたが、最終的ににゃんこと喋ったのは一回だけだった。そのときのことを反芻する。
「なぁ、鷲にとって普通ってなんだ?」
「え? 何で? 唐突に」
「いや、ちょっと聞いてみたくなった。普通って同じ単語なのに人によってその定義は全然違うからさ」
適当に言い訳をしてみた。にゃんこ曰く鷲は「普通の暮らしがしたい」らしい。
「うーん」
彼女は探す当てもない疑問に立ち向かっているような気がした。多分目の前に明確な回答があるはずなのに。
「普通じゃ意味が広いか。たとえば普通の暮らしとかさ」
僕はさらに彼女を追い詰める。その目の前の回答を知るがために。
「そうだなぁ。お母さんとお父さんがいて、お母さんが朝ごはんを作って、お父さんはスーツ姿で新聞読んで。私が『おはよう』っていったら二人とも返事して、私が食卓に着いたら目の前に目玉焼きが置いてあって、トースターからはいい匂い共にチンって音がして。しばらくしたら私の目の前にジャムの塗られたパンが置かれてて。お兄ちゃんがまだおきないからお母さんが『お兄ちゃん起こして』って私に言って……ごめん、つまらない妄想だね」
「いや、いいんじゃないか」
しかしひとつ気になるところが。
「お兄ちゃんいるのか?」
「ううん。いない。でも、いて欲しいってのと共に、小さいころの記憶だとおにいちゃんみたいな人がいたからさ。誰だかわからないけど」
「へぇ」
相槌を打ちながら、彼女の願っている『普通』はいたって普通の『普通』だった。だからこそ、彼女はその『普通』を願っている。つまり彼女はもはやそんな生活じゃない。鷲の『普通』を崩しているのはもはや一択だ。親。それ以外に考えられない。
そして、僕が次の言葉を出そうとした瞬間、風が止んだ。彼女の髪が不自然になびいた。校庭から聞こえる体育の授業の声が消えた。時が止まった……のか?
僕は前回の僕の家での教訓を生かしすぐにその原因を探る。上を向いたとき、あまり大きくないが石がそこにあった。これか……。ほかに探しても、ほかの危険因子は見つかりそうもなかった。
僕は彼女を運ぼうと彼女の体を支えた。その瞬間、またあの時と同じ感覚をつかんだ。時間がフェードインして、段々に早くなるあの感覚。石の落下スピードは異常なほど早かったのかそのフェードインしている状態でもこちらめがけて非情な猛攻を見せる。
僕はとりあえず彼女と一緒に石を避けるように飛ぶ。僕の右手に持っていたおにぎりが僕の手から離れる。おにぎりが転がった先に石が落ちる。僕の目の前にはスローモーションのごとき世界ですべてが見えていた。おにぎりは、跡形もなくつぶれていた。
「え、え、どうしたの?」
今この状況を見て、僕はかなりの焦りを感じた。前回と違って彼女を半ば抱きかかえるような形で、押し倒している状態だ。
「事情はそのおにぎりを見てくれ」
彼女の目線はおにぎりに向かう。
「な、何が起こったの?」
「空から石が落っこちてきた。なんだろうな、隕石かもしれないし、鳥が落としたのかもしれないし」
「じゃ、じゃあ、國定君が気づいてなかったら」
「おにぎりのごとくなってたのかな」
どれくらいの威力なのはピンとはこないが、頭に当たっていたら大事になりそうだ。
「よかったよ、本当に、お前に当たらなくて」
「でも私が助かったら……もしかしたら國定君に当たってたかもしれないんだよ!」
「でも当たってない。過ぎた可能性は捨てろ」
「でも、これは私の『病気』が引き起こしたことじゃないの!?」
「何度いったら分かるんだよ。その『病気』を治せるのは僕だけだし、現にこうやって君も僕も救った」
しばらく無言の時間が続く。彼女の息遣いが段々と元通りになるにつれ彼女の顔は赤くなっていった。
「……とりあえずどいてくれない?」
「え、あぁ、ごめん」
僕も多分赤面している。




