11.症状
屋上の光は、いつになく明るく感じられた。恥ずかしさも、鷲が段々と和らげてくれた。ただ、なぜ空の段ボール箱で何の脅威も無いはずなのに時は止まったのだろうか。時が止まったから脅威だと思ったのに、時はランダムで止まるというのか?
僕は過去を思う。時が止まったのはどんな時だっけな。よく覚えてないというのが答えである。
どうでもよくなって、昨日の晩御飯のことを思い出す。からあげは鷲直伝なだけあって、すごく美味しかった。しかし彼女の言っていた「秘伝のたれ」を使わないとやはりあの味にはならないのだろうか。でも、自分で作ったという嬉しさが何より美味しさを引き立てていた。
「お茶、これでいいよね」
鷲ははしごを上りきりながら僕に声をかける。右手にはいろいろと何かが入った袋をぶら下げながら。
「あんがと。にしてもじゃんけん弱いな。三日連続じゃないか?」
二日前、僕と鷲はじゃんけん勝負でパシリを決めるということを始めた。そして僕は三日連続勝利し、当然の結果三日連続パシリは鷲となった。
「そう思うなら負ける努力ぐらいしてよね」
彼女はそういいながら窮屈そうに歩く。足に怪我を負ってるように見える。
「足、どうかしたのか?」
「え? うん。さっき壁から妙にはみ出た針金みたいなので足切っちゃって、ちょっと軽く止血はしたんだけど、やっぱ痛んじゃって」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ」
そういう彼女は、足の痛みだけではない、何かによって顔すら青く染めていた。
「全然大丈夫そうに見えないんだが。保健室とか、病院とかいったほうが……」
「大丈夫だから」
僕の声を静止するように彼女は口を開く。僕もおせっかいをやめ、彼女が目の前に座るのを眺める。
「もしかしたら、また『病気』が発症したのかな……?」
「びょ、病気!? なら尚更見てもらわなきゃだめだろ!」
「その病気じゃないよ! 私の言ってる『病気』とは……!」
気が動転して思い出せなかった。彼女の言ってる『病気』は、初めて会ったときに言われた『病気』、そしてにゃんこに言われた『症状』のことであると。
「そうか……悪いな」
「ごめん、こっちこそ……」
後味の悪い風が吹いて、しばらくお互いが無言になる。
「……できればでいいんだが、その『病気』について聞かせてくれないか?」
「もう一人の私が言っていたのがもっともよく表現してます。疫病神。まさにこの"病気"を表す一言です」
察しようとも、察しようとも、察せず。どう考えても、僕の知の中では答えを出すことができなかった。
「國定君なら、すぐに答えられると思ったのに」
「僕にだって理解を超えた答えは導けないからな」
僕の存在も理解を超えたものだとは思うけど。
「疫病神は、周りに厄を与える人間にとっては害でしかない神様。私は、その厄の矛先を向けられながら、他人にも厄を与える人間」
「……は?」
意味が分からない、という言葉がもっともまっすぐ意味の通る文となった。
「私の周りにいるとね、何か厄を受けるの。それが私も厄を受けるの。たとえばこの傷は私が厄を受けて付いた傷。でも、昨日のダンボールはもし中身が入っていたら小春先輩にまで被害が及んでいた。とすると、小春先輩が厄を受けて、ダンボールで怪我をしていたかもしれない」
段々といいたいことは分かってきた。
「だからにゃんこは近づくなといってきたんだな」
「多分、そうかな。バスケでもこんな疫病神が出てきて、友達に怪我させて。でも、バスケだけは好きだからずっと続けてたかった!」
彼女はその後さびしそうに顔を下に向ける、
そう、バスケをやめた理由は親にあるといった。だから、それとこれとは関係ないと割り切っていいのだろう。
「でも、僕は、そのダンボールの脅威から小春も、鷲も、救ったんだ。残ったのは、果てしない羞恥心と絶望感だけど」
うつむいてた彼女は微笑を漏らす。笑ったなら、いいか。
「にゃんこはいってた。僕は君の因果を断ち切る。まぁ、自分で勝手に解釈したまでだけど、君の病気を治すことができるんじゃないか、僕には。……なぁんて自惚れるわけでもないけど」
「でも、何でもう一人の私はそんなこといったんでしょうか?」
「さぁ」
心に隠したことがあると、そうばれないように僕は一言端的に切る。そして僕は立ち上がる。
「鷲とは約束したしな。鷲がバスケやれるなら、僕はいくらでも協力しようって」
彼女はその微笑みをこちらに向ける。
「そう、ですね。でも、やっぱり私ががんばらなきゃいけないんですよね」
僕は、どこか心の中でもやもやを抱えながら、それでいて晴れた空を見上げて、「頑張ろう」、そうつぶやいた。




