9.登場
一人寂しい家の中。こうも誰もいない家は広く感じるのかと、僕はそう思いながら本を読んでいた。両親が外国へ出てそろそろ一週間である。これが後四回続けばこの家に帰ってくる。そう思うと時の流れは速かった。
鷲とのお料理教室は一週間の間に三回あった。初回から包丁の使い方とか、焼き、煮込みとかいろいろな技術を教わっていた。二回目以降、段々と料理に対する不安はきえていた。
ピンポーン。覚えのないインターホンの音に意識を現実に戻された。押し売りかなんかだろうか、静かに玄関まで行きドアスコープで向こう側の世界を見た。そして僕は扉を静かに開ける。
「なんだ、忘れ物でもしたか?」
僕が話しかけるのは鷲、そして小春だった。
「いや、そういうわけじゃないけど」
鷲はビニール袋を提げている。
「泉がいないのはなんか珍しいな」
「いっつも私についてきてるように思ってるでしょ。泉ちゃんはそんな子じゃありません!」
いろんな意味で、お母さんのようにプクッと頬を膨らませる。
「まぁ、誘ったのは本当だけどね。泉ちゃん何か用事があるらしくて、話しかけた瞬間に『ごめん、忙しいから』ってどっかへ行っちゃったの」
「嫌われたんじゃね?」
「そうかなぁ……何がいけなかったんだろうなぁ」
「小春先輩は何も悪くないですよきっと。國定君が何かを仕向けたんですよ」
「何で僕に矛先が向くんだよ……で、何しに来たんだ?」
いつものように茶番を終え、鷲が「今日もお料理レッスンよ」と話し出す。
「あぁ、そうなのか。で、なぜ小春がいるんだ」
「面白そうだからついてきたの☆」
語尾に流れ星が流れてもおかしくないようなテンションで彼女はしゃべる。
「小春先輩に……つい話してしまいました」
「……小春ならまだましか」
「おっと、私ならまだましというか。つまり私は國定君の中でもかなり上位に食い込んでるということですね?」
のりが望月そのものだった。もしかしたら望月病という病気があるのかもしれない、と僕の中での結論が現れた。
「あぁ、そうだな。絡みたくない奴ランキングの、だが」
二人を家の中に招きいれいつものように料理レッスンが始まっていた。今までとは違って僕は特に彼女から何も聞いておらずに、なんと言うか唐突に始まったのには疑問を感じた。
「今日はね、揚げ物をやろうと思うんだ」
「揚げ物か」
僕の大好物も当てはまる。
「そう、でやっぱり國定君は鳥のからあげ大好きだから、せっかくだしそれをつくろうって」
内心、鷲にものすごい感謝をしていた。大好物が自分で作れるなら、これはも夕食が結構な頻度で鳥のからあげと移り変わるだろう。
「お料理って言えば、会長もすごい得意だよ。鷲ちゃんのは食べたことないけど、天才的だよ!」
きらきら目を輝かせて言う小春に呆気をとられ、僕はとりあえず一歩引いた。
「今回は私が作ってる方法で作るね。からあげの素みたいなのも売ってるからそういうのを買えば楽チンですむよ」
鷲はビニール袋から鶏肉を出す。その後生姜と調味酒と片栗粉と書いてある袋を中から引っ張り出し袋は空になった。
「え? あ、それだけ?」
「本当は私の秘伝のたれを持ってこようかと思ったけど、それじゃ國定君一人じゃ作れないだろうから、ちょっと初めての試みだから心配だけど、今回の下味は醤油とお酒、まぁ後生姜を使うよ」
「それだけでいいんだな」
「なんか材料の多さから見るとあんまり難しそうに見えないね」
いつの間にか小春が参加していた。
「まぁ、そんなに難しくないですよ。鶏肉をボウルに移してっと。これはビニール袋とかでも大丈夫だよ。むしろ材料も洗う手間も少なくなるから便利かもね」
鶏肉を移したボウルに醤油とお酒を鷲は入れ始める。
「大体1:2から2:3かな。お酒:醤油で。からあげが浸るぐらいつけて、ここからまぁ20分ぐらいかな。置いておく」
「これで味がつくのか」
「そうだね、後は揚げるだけって感じかな」
「なんか全然難しそうに見えないね」
僕が言おうとしたことを小春に言われてしまった。
「でも揚げるときに焦げたりするとちょっとテンションも下がっちゃいますし、ここからが本番ですね」
と言っても20分は暇であった。鷲と小春は先輩後輩同士ガールズトークをしていたので、僕は入る隙を狙う気もなかったのでいすに座っていた。
うつうつと現世と睡眠の狭間に立っていたとき、急にそれはおきた。時が止まった。蝉の声が途切れた。そして、話し声は途切れた。
僕は後ろを振り返る。目を擦り二人を見る。二人は気づいていないが、頭上からダンボールが落ちている。ダンボールの中身によっては、今おかれてる状況は超危機的状況であって。
なるほど、助けるのか。声に出ない声と共に僕はすぐに二人の元に向かう。今回は、今までと違った時間停止の状況だった。今までは人を助けてから時間が必ず動き出していた。針が止まった時間は体内時計だと1分程度だったときも、十分程度だったときもあった。だから時間制限はないもんだと思う。
「危ない!」
声を出したときにはもう時計の針は動いていた。初めてだった。しかし、時間はフェードインをするように段々と早くなる感覚であった。僕は必死に鷲と、小春を助けようと前にせり出す。広くない家だが、背に腹は変えられない。まだ時が止まってるんじゃないか、それぐらいそのダンボール箱は落ちてくるスピードが遅かった。
彼女たちを押しながら、というのか、とりあえずダンボールの脅威からは遠ざけるべく必死だったので何をやったのか自分ですらわからなかった。
そして文字通り一瞬の間に僕の背中には何かの感触を味わった。痛みは全然伴わなかった。
……滑稽だ。僕は床に這いつくばりながら、自分の姿を想像し、悲観していた。空の段ボール箱を背中に乗せ、かたつむりのごとくダンボールの中に身を潜めたかった。
「大丈夫?」
鷲に話しかけられて、僕はなんとも情けない気持ちになった。




