6.献上
「おじゃまします」
いつものように丁寧な挨拶をして家の中に入る鷲。いつものようにというのはいつも僕の家に入り浸ってる言い方ではなく、いつものように丁寧にという意味だ。鷲がこの家に来るのは二回目だ。
「もう親はいないから、勝手にしててくれ」
「そんな暇ないよ! 私が教えるからには、一切手抜きは無しよ」
「何処の強豪高校のコーチだよ……」
まだ夕暮れには遠い季節、明かりのともっていないキッチンにかすかな西日が入る。
「今日は何作るの?」
「おいしいものを作る!」
「そりゃそうだけどさ……具体的なものがなければおいしいも何もないだろ」
「チッチッチッ。甘いな國定君。私が言ったことを忘れたのかい?」
人差し指を立て横にゆっくり振るさまは、望月を連想させて何か背中にヒヤッとしたものが通った。
「勘違いしてるよ。料理はね、レシピどおりに作って料理じゃないの。自分がおいしいと感じるものを作るの」
「自分がおいしいもの? あぁ昼ごろ言ってた」
「そ、どんな高い食材使って、どんないい香辛料を使っても、これだけいい食材を使ってるからいい味にはなるだろって思ってるときは、もうそれである程度の味にしかならない。逆に作ったものは自分で食べるんだ、そう思うことでおいしく作れるの」
「なんか人間の本質みたいだな」
僕は少し笑ってしまう。
「だって、人間はどんなに熱弁を叩いても、最終的には自分が大好きだからな」
鷲もかすかに笑いながら「國定君もそうなの?」と聞いてくる。
「自分で言って自分で否定する馬鹿なことはしねぇよ。心のそこから言えるわけじゃないが、どこかで自分のことを好きだと思ってるんだろうな」
「じゃあ、早速はじめようか。っていってもなんだかんだ自分のために作れとか言っても、料理はテクニカルな部分のほうも必要だから、それの練習だね最初は。包丁の使い方とか、今日は炒めることの練習も」
「じゃあ先生、早速何をやれば」
「……先生って呼び方なんか背筋が凍るわね」
「もちろんそうなることを見越しておちょくってた」
「……料理教えてあげないからね」
「悪い悪い、機嫌が悪くならない前に早速始めないとな」
帰り道商店街でいろいろと買ってきた。キャベツ、ピーマン、にんじん、豚肉、焼肉のたれとかポン酢とか調味料などいろいろ。
「今日は炒め物だからね、キャベツはさすがに千切りにしないぐらいはわかるよね」
「あぁ、ざく切りだったっけか」
「そうそう、一枚だけ私がやってみるね」
彼女はキャベツを洗い、皮を二枚はがしてそのまま生ごみに入れる。
「あらもったいないな」
「そうだね。でも硬かったり、火が通りづらかったりするから、外の皮は捨てる人も多いよ。土に触れてる部分だから。でも火を通せば使えるから、もったいないと思うなら火にかければいいと思うよ。農薬とかあるから私はちょっと意識的に捨てたがっちゃうかな」
それから葉っぱを一枚むしって斜めに包丁を入れる。
「芯をとる作業だよ」
「これも捨てちゃうのか」
「使っていいと思うよ。シャキシャキしてるし」
そして彼女は3~5cmぐらいの感覚で刻む。見た目的にはちょっと大きい気がする。
「大きい気がするけど大丈夫なの?」
「火にかければふにゃふにゃっとするから。もしもっと小さくしたいならたてにもこういう風に切って正方形みたいにすれば小さくなるよね。さ、國定君もやってみよ。私みたいに一枚一枚刻むんじゃなくて、何枚か重ねてやったほうが圧倒的に楽だよ」
言われたとおりに切ってみる。思ったほど難しくなく、割と鷲のに似た形のができた。
「やっぱほら、多分上手だって」
「キャベツ切ったぐらいじゃわかんねぇよ。次は何にするんだ?」
「次はね……」
同じ調子でピーマンはよく青椒肉絲で目にするあんな感じのきり方――細切りって名前だと鷲が言っていた――に、にんじんはいちょう切りにした。豚肉はバラを買ってきて、一口ぐらいのサイズにカットした。
「さぁて後は焼くだけだけど、味付けは焼肉のたれだけ」
「そんなんでいいのか」
「美味しくなるように作られてるたれだからこれだけで十分なの」
フライパンに材料を入れ、炒め始める。
「プロの人、というか料理上手な人みたいにああやって大きくゆするのは、やっぱりうまくないと逆効果だよね。火が全体にいきわたらないし、何より材料が落ちちゃうこともあるから。こうやって菜ばしでかき回す感じで最初は十分」
「こうか。これでも火は通るのか?」
「全然問題ない」
僕は鷲が見せたとおり、菜ばしを使って大きくかき回すように食材を炒める。数分たったところで鷲が「じゃ、焼肉のたれ入れよっか」と僕に渡してきた。
「どれくらい入れればいいんだ?」
「うーん、意外と焼肉のたれって少量で濃いから少ないなって思うぐらいでも十分味ついてることもあるから、段々と少しづつ入れてくのも悪くはないと思うよ」
「そうか、わかった」
そっとタレをかける。途端にいい匂いがしてきて、僕も料理をやっているなと感じていた。夢中になっていたら、いつの間にか十分料理となっていた。
「美味しそうだね!」
「自信はないけど、見た目は確かに美味しそうだな」
「最初は確かに自信がないけど、どんなものでも一回やってみれば『こんなものか』ってなっちゃうから」
僕はキッチンの隣のリビングへとこれを運ぶ。美味しそうな匂いが充満すると、僕の気持ちも段々と高揚してきた。




