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屋上少女  作者: 悠(はるか)
第四章「深まる傷、消えない傷、見えない傷」
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5.「鷲」視上

 今日のお弁当にはまたからあげがいっぱい入っている。もちろん國定君に食べさせるためだ。今日は親が旅行へ行く日と聞いている。お弁当は作ってもらえないだろうと予想した。そして、鳥のからあげは國定君の大好物だ。完璧ね……。

 私の計画は、まぁ計画ってほどでもないけど、國定君に料理をしてもらうための最初の作業をこの屋上でする。彼は料理が下手だといったけど、多分料理を恐れてるんじゃないかなって思う。料理ができない人の半分、いや8割は難しそうに見えるから料理をしないってことが多いと私は思う。國定君も例外じゃないと思う。簡単だって事を伝えようと今日は思っている。

「今日も良い天気ね」

「お前は曇天が良い天気といえるほど広い心を持ってるのか? さすがだな」

 上を見上げる。やけに暗いと思っていたらすごく曇っていた。今にも雨が降りそうだった。

「冗談冗談」

 はにかんでごまかす。多分ごまかせてないとは思うけど。

「ちょっと楽しそうだな」

「え? ばれちゃったよ。はやいね」

「何かあったのか?」

「いや國定君に料理教えられると思うとうきうきしちゃってね? 國定君にって言うと勘違いされそうだけど」

「人に教えるのがすきなのか?」

「う、うん。そうなんだよ。昔から何か人にものを教えるときは、教えられるときとは違う新しい発見があって、さらに教えたことが成功したときの喜びを共感するときが一番楽しいの!」

「そっか、いやいや教えられるよりは、楽しく教わりたいし、こっちも大歓迎だな」

 私はさっと彼の前にからあげがいっぱい入ったお弁当を出す。

「どうせお母さんが造ってくれてないと思ったから、ほら、保温容器に入れていっぱい作ってみたよ!」

 國定君は驚いたようにこちらの顔をじっと見た後、軽くフッと笑う。

「いやその推測は間違いだ。ほら、弁当箱だ。お母さんが昨日作ってきてくれたんだ」

「ええ!? うわぁ、失敗しちゃったよ……」

 大量のからあげを眺めて、ひとつため息。慰めるように風が私に触れていく。すると國定君はからあげをひとつつまむ。

「うわぁ、やっぱこの味だよ! 足りなかったのは。冷たくてもうまいのに、温かかったらこんなうまいんだな!」

 慰めてるのかな? そう思いながら見ていると二つ目をつまんでいる。

「いや、今までうまい料理を食ってきたけど、何か足りないと思ったんだよ。今もその何かがわからないけどさ、これには詰まってるよな。最近のお母さんの料理にはない何かが」

「その何かを見つけるためにも、國定君は料理学ばなきゃね」

「うまいなこれ、大好物ランキング2位に入るなこれ、僕の」

「一位には敵わないかぁ……一位はなに?」

「お母さんが作った鳥のからあげ――本当のお母さんの」

 ヒュー……さびしそうに流れる風の音は空気を冷やしていった。國定君が今までこういうことを話すことは少なかった。話すときは笑い話のように楽しげに話す。

「料理下手だったお母さんの唯一の得意料理……それが、からあげだよ。でも、これがそれにそっくりなんだよ。懐かしくってさ、懐かしくってさ」

 二ヶ月間、彼は常に冷えた笑みと、暖かい嘲笑と、私に送り続けてきた。私は彼が悲しむ姿を見たことがない。それどころか、小春先輩でさえ彼が何かに悩んだり、彼が悲しむ姿を見たことがないという。努力か、悪い笑みを掲げているか、他人にばら撒いてるのはそれだけだって。いや、努力だって私には見せたことがない。

「悪い……悪い」

 こらえた涙は目に光り、赤い視線が私を貫いた。嘘かも知れない、彼ならできると思う。自惚れかもしれない、私にだけ見せた特別な姿。たまたまかもしれない、彼の姿はいつもと違って見えて。唐突に見せた姿は、私にはどのように映ったか。

 彼は目元を拭い、必死にいつもの笑みを元通りにする。私は彼のほうにさらにお弁当箱を寄せる。

「ほら、もっと食べてよ。っと言っても寝起きだから食べられないか」

「あぁ、そうだな。ゆっくりと食べるよ。悪いが一人にしてくれないか?」

 うん。心の中でうなずいて、私は彼を一人残して屋上から立ち去った。計画は少し崩れたけど、結果オーライだったのかもしれない。

「あれ、國定君は? 後一分で授業なのに」

 時計の長針が10に触れかかっている。國定君は私の隣にはいなかった。

「どうせ頭がいいからサボってるんじゃないの」

「あなたも頭いいじゃない!」

「私は國定君に勝つから! 今度のテストで絶対に……」

「うわぁ、琴音ちゃん気合入ってるねぇ」

 午後の始まりのチャイムがなる。今日はこの後國定君が授業を受けることはなかった。

 放課後の屋上には空のお弁当箱に、目を腫らし、頬に何かが通った後のある、眠りこけた無防備な國定君がいた。

 彼は、赤く虚ろな目で見た私に向かって、ひとつ微笑みを向けた。夕方の風がとても涼しかった。

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