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屋上少女  作者: 悠(はるか)
第三章「動き出した歯車、止まる歯車、壊れた歯車」
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11.参上

 二度と学校へは行きたくない。そう考えるぐらいひどい一日の次の日の寝覚めもあまりいいものではなかった。だが、学校へ行きたくないと考えるその気持ちの一辺はあの、いつかのときと同じだった。惨めに教室の端に追いやられ、何に生きてるかすら理解ができなかった、あの時と同じだ。しかし、裏面を見るとぜんぜん違うものだ。ひとつの思い出、ひとつのスキンシップと考えれば、それはそれで悪くはないものである。……トラウマにはなりそうだが。

 お母さんは家でじっとしている。……様に見えるが、さっきからとてつもないぐらいのオーラを放っている。いうならば、毎日六時にえさを与えられる犬のえさを与えられてない七時の様子だ。……最近掛川の言う「たとえがピンポイント」というのがわかってきてしまった気がする。少し治す努力はしてみよう。

 すなわち、お父さんが帰ると言っていた時間がもう十数分過ぎているのだ。こういうときには、何か胸騒ぎがしてしまうのが人間の性である。さまざまなネガティブな発想が出てきて、段々と心がグロッキーになってしまうのだろう。……横文字ばかり使っていてもあほらしい人間に見えるな。

 扇風機は静かな、それでいて張り詰めた空気を部屋中に拡散する。いつもより煮詰まった部屋は、いつもより暑く感じる。それが、今年の異常気象なのか、それとも現在の非日常なのか。何のせいなのかはわからなかった。

 車の音がする。さっきから車は数分に一回ここの近くを通る音がする。が、どれもお母さんの目的とする人物が乗っているわけではなく、そのたびにお母さんの肩はがっくり落とす。

 暇だったので午後四時からずっと来る車を数えていたのだが、24台、お父さんは帰ってこなかった。僕は今日も小春から渡された友生会の紙を読みながら、25台目の車を数えた……瞬間、車が止まりドアが開く音がした。刹那、お母さんが玄関まで駆け出した。お魚くわえたどら猫を追っかけてくサ○エさんとはこんな感じだったのだろうか。

「ただいまー」

 多少低い声が家の中へとこだます。

「おかえり」

 聞こえるか聞こえないか程度の声で僕は答える。何よりどんな大きい声ですら、たぶんお母さんの絡みのほうがうるさいに決まってる。

「はいはい後で詳しく聞くから……っと久しぶりだな、悠馬ぁ」

「親に久しぶりなんて言われたくねぇな」

 友生会の紙から顔を上げ、少し彫りの深い父さんの顔を見る。43才ということだからお母さんとは9歳差だ。ちなみに本当のお母さんはお父さんの3歳上ということらしい。よく覚えてないのだ。

「お母さんは……まぁ、お父さんもがんばってよ」

 お母さんのほうを見ると、比喩でもなんでもなくてまさに舞い上がる一歩直前であった。

「あぁ……お土産話で一ヶ月の旅行が消えそうだよ」

「そうだ、いつ行くの?」

「一週間後だ。何だお前も行きたいのか」

「学校あることぐらい覚えとけや」

 お父さんはハハハと笑いながら「覚えてなきゃ夏休みまでに旅行を終えねぇよ」と一言。旅行が終わる日当たりに僕の夏休みが始まるのか。

「二年前のことなんか覚えてるのか」

「そうだなぁ、今は普通だったら三年生か」

「残念か?」

 会話を遡ってみると親父との会話にしてみればやけにジジくさすぎやしないか。まぁ、おたがい捻くれてる性格だからな。逆に合うのかもしれない。

「一年多く俺の子供であるんだ。残念っちゃ残念だが、別に悪いことじゃないだろ」

「見て! ほらこれ悠馬が学年で一位になったの!」

 誇らしげに僕の成績表を掲げるお母さん。僕より嬉しそうなその顔を見ると、少し恥ずかしい。

「母さん……二年前も学年トップを守り続けたの覚えてないのか? 俺の子供がトップ以外にいるわけないしな」

 何たる自信家。何たる記憶力。お父さんにはなかなか敵う人がいない理由であったりもする。

「でも、違う学年でもトップってすごいわよね」

「俺じゃなくて悠馬をほめろや……」

「散々ほめられたからもういい」

 ズバッときると、お父さんがこちらを向いて同情の顔を向ける。これからがんばるのはあんたなんやで。

 今日の夕食は目に見えて豪華だった。当然の結果なのだが、それでも想像を超える料理の羅列は三人で食いきれるのかが心配なぐらいである。ただ、お父さんはただでさえ食うのである。多分、ぺろりと平らげてしまうだろう。

「お父さん何処行ってきたんだっけ?」

「アフリカだ。あっこはすげぇぞ。トラとかにもあった」

「なんかすごいわね……。平然と言ってるけど日本じゃそんなの動物園でしかあえないわよ」

「アフリカにトラはいねぇよ。ヒョウとかだろ、どうせ」

 お父さんは国境無き医師団……的な集団の一員である。らしい。彼の話によるとその団体はアメリカでさまざまな国から医者を引き抜き、さまざまなスポンサーを通してアフリカなどの国へ支援に行く。らしい。

「悠馬は工学系だし、お父さんはお医者様だし。バーのママになろうなんて思ってた私とはぜんぜん違う世界だわね」

 お母さんは多少いいところにいるバーのママの一人というか、店員の一人というか。まぁそういうところで働いていた。お父さんとの出会いもそこらしい。お母さんは性格も良いので多くの人に好かれていて、数年前まではストーカーが結構多かったのだ。

「悪かねぇんじゃねぇか。バランスの取れた良い家族で」

「ただ残念だがみんな性格に難ありだな」

「ハハッ! ちげぇねぇ」

「何、私まで性格が悪いって言うの!?」

 プクッと膨らんだ頬をお父さんがつっつく。騒がしいことが楽しいと思える、僕には初めてだったかもしれない。

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