8.表情
クラスマッチから何週間か経った頃であった。まだ幻の美少女を追いかけてカメラ同好会が撮影をしようと校内をうろつき、新聞委員会がマイクを構えている。もちろん、僕のことである。それがいまだに続いているのだ。
屋上はだんだんと熱がこもり、日を重ねるごとに太陽が照り付け非常に熱くなっているのがわかる。それの原因は、今年の雨の少なさによることだろう。そのため「にゃんこ」とはあれ以来話していない。
「國定ちゃんはそろそろ白状すればいいんじゃないかな?」
「……ッチ」
心の底から舌打ちをすると、しゅんとした鷲が「……ゴメン」と言ってきた。
しばらく無言の時間が続いた。彼女を見ると、何か言いたげな表情をしていた。深呼吸をして、何か話し始めようとして、それですっと手を退く。五分ぐらい同じことをしていた。
「あのね、私心からバスケが好きなんだ」
唐突に彼女は言葉漏らした。無風の屋上にその言葉はとどまり、一つ一つを手に取ってみてみた。僕には何が言いたいのかすらわからなかった。
「この前の質問の回答」
「答えになってないけどな」
「好きなものなの。それなのにできないってことはそれなりの理由があるってことが言いたいだけ」
……僕は明確な答えを持っている。
「……両親か?」
彼女はかすかにはにかみながら、表情と動きで肯定する。
「あの質問からさ、ずっと考えてみたんだ。どうしようもない状況だなって、ずっと思ってたんだ」
急にこちらを見る。彼女の背景の空と、彼女の表情は見事にマッチングして。
「でも、私がどうしようもできないってわかってるんです。私一人の力じゃ、動き出した大きな歯車は止まらないんです。だから私の歯車は止まっちゃって。機械的にすら動くことを拒んだんです」
最近、彼女がシリアスなことを言い始めると途端に他人行儀なですます口調というか、丁寧な口調になることが分かった。
「どうしたらいいのか……全然わからないんです」
「歯車を壊せばいい」
「え?」
彼女はうつむき始めていた顔をこちらへと向ける。僕は普段からあまりしゃべる言葉に気を付けているが、このときはいつもより集中していた。
「歯車が不規則で動くならば、機械的でなく、誰かの力を借りてるわけではない。そんな素敵な人生が送れるんじゃないか? そんな人生が素敵かどうかは知らないが」
「……素敵ですよ」
うつむいた彼女の表情は暗い。
「國定君は不思議だね。私がどうしようもないことを話してるのにしっかり一つ一つ受け止めてくれるんだから」
「…………」
僕は何もいわなかった。これが正解かどうかはわからないが。
彼女はあれからずっと自分なりに考えていたのだろうか。そして、考えた結果を精一杯僕に伝えた。僕はそれだけ信頼されていると受け取っていいのだろうか。
「まずは両親との関係をどうにかしなきゃな。解決の道は遠い。鷲がまたバスケやれるなら、僕はいくらでも協力しよう」
変なことを口走っていた。僕にしては意味不明で、僕にしてはやけに積極的で、僕にしてはやけにフレンドリーだ。
「……そうだね」
彼女の口は重かった。
僕はよっと下に降りる。少し高さが違うだけだが、それでも見える景色は全然違う。校庭には野球部とサッカー部が。山には鳥が。商店街には買い物客が。
「なぁ、コスプレ撮影会って、僕も出る気がするんだけど」
僕はフェンスに寄りかかりながらそんなことを言い出す。
「決定事項だしね。しょうがないよ」
「いつ決定事項になったんだよ……」
「みんなどんな格好するんだろうね?」
「正直楽しみじゃないってのは嘘になるよな」
「……國定君最近変なこと口走るね? 女装して趣味とか心の中とか変わった?」
「……鷲は水着な」
いつものように鷲をからかったつもりだ……った。
「國定君が見たいなら、いいよ」
「ゲフォォッ!」
やけに返しがうまかったので思わずむせてしまった。一か月以上いる間に、鷲は僕への攻撃手段を知ってしまったようだ。
「打倒國定の第一歩ね」
「敗北感ってのはこういうことを言うんだなって感じだわ」




