5.異常
びしょびしょの僕を迎えたのは、温かい風呂に、おいしいご飯、そしてご立腹のお母さんであった。しかし、テストでいい感じの結果が取れそうだと晩飯の時にぽろっと口に出したら、ちょっと機嫌がよくなった。あと、傘を女の子に貸したと、全過程を省いた結論だけを述べて、お母さんの機嫌を底上げした。この人は、なんだかんだ言って、他人の恋が好みの、一般的なおせっかい母さんである。
今日は現実的ではない、むしろ僕の存在自体が現実的ではないのだが、屋上の出来事によって頭が混乱している。混乱しているだけですまないかもしれない。普通に風邪をひきそうなぐらい寒いし。風呂で体を温めても、なんか寒気が取れない。風邪をひきそうなんてもう遅かった、多分今風邪をひいている。現在進行形で。
この学校はあまりに休まなければ特に出席日数が成績に関わってくることはない。明日休もうと思っている僕にとってみれば一回休んだ程度で学力がとことん落ちるわけではない。第一休みまくればその分テストの点数が落ちるので正直出席日数が足りない奴の八割はテストでも落ちるような人なのではないのかと。ただの持論である。もっともいうと詭弁である。
いつもより厚着をしながら本を読む。……集中できない。その原因は明白であったができる限り頭の隅に追いやろうとしていた。しかしもう一ついやらしい邪魔な偏頭痛が僕を襲っていた。明日は一日中ベッドに寝転んでよう。そう心に決めた。そんな時携帯から音が聞こえる。メールの受信音だった。
「明日第一会議室で役員会を行います。」
生徒会の一報だった。僕は小春に、「明日は多分休む。体調崩してるから。」と送る。僕は本を読みに戻ろうとベッドの上にまた寝転がる。刹那、携帯の着信音が鳴る。ため息を一つ付き、のろのろとまた携帯へと向かう。
「無理しないでね!」
とだけ書いてあった。何がしたいのだろうか。詮索する気にもならなかった。
頭痛薬を取りに階段をのっそのっそと降りる。ついでにお母さんに明日の昼ごはんは要らないと伝えた。察しがいいのか「風邪薬ならそこの戸棚」とテレビを見ながら後ろを指さす。戸棚を開け、せっかくなので風邪薬をもらい、洗面台で水とともに飲みこんだ。僕は昔からあまり薬に頼る生活をしていたわけではないので、治ってほしいという純粋な願いを薬という変わり身に託して飲んでいるものだと思っている。なので別に薬を飲むことに大した意義がないものだと結構思っている面もある。しかし薬は効くもんだと思って飲むと、不思議と治っていく。病は気から、という言葉もあるが、まさにその言葉はこの世の事象をよく表してる。ちなみにこれはさっきまで読んでいた本の内容だ。だから僕は薬を飲みに来た。
もう寝ようか、いやまだ寝まい。いくら病は気からといっても休息が大事であることは自分自身百も承知なのだが、なぜか寝る気にはならない。それはもちろん今日の放課後のこともあるのだが、なぜだろうか、寝る気だけが起きない。それがホームルームからずっと寝ていたことだと気づきはしなかった。
窓の外は微かな雨音と、それにつられたカエルの歌が聞こえてくる。それを聞くと、田舎だな、とだけ思う。お母さんは「東京より田舎の方が静かだろうと思ったけど、そうでもないね」と一言、「自然の音はいつしかなれるんだろうけど、人工物の音は20年、30年生きててもなれないんだろうな」と二言、「ま、私は自然の音もなれそうにないかもしれないけど」と三言愚痴を吐いた、そんなときが懐かしい。もう……何年だろうか。
「体が病弱な時は、心まで病弱になるのか?」
自分に向かって言う。相手の過去は詮索したがるが、自分の過去はあまり見たくない。そんなダメ人間だとは分かっているが。
「しょうがない、目でも瞑ってるか」
電気を消し、部屋の中に向かっておやすみと一言。なぜか返事が返ってくるような気がした。




