6.明浄
朝から悶々とした頭を活用できないまま昼へと突入した。昨日の掛川との会話を反芻していたからだ。部活かぁ……。確かに、その病気の理由を聞くにはもってこいの言い訳なのかもしれない。今日聞いてみるか。デリカシーが無いと思われても仕方がないだろう。
屋上への階段を一段飛ばしで駆け上がる。二年前の僕ならこれぐらいで息をぜいぜい切らしていただろう。
「今日は風が気持ちいな」
肌にあたる風は、春の陽気に沿った涼しさを持っていた。直射日光がきつい屋上では、もはや風がないと地獄に化す暑さになることもありえる。体験したことはないが、夏場は酷そうだ。
屋上のドアが開く音がする。彼女か。毎回毎回思うけど律儀にくるよな。
「今日は風が気持ちいですね」
「そうだな。一年中こんな感じだと嬉しいんだけどな」
「四季折々でいろんな景色を見せるのが、自然のすばらしいところだと思いますよ。それよりご飯食べましょ」
花より団子。人間の本質だが、動物的には当たり前だよな。
僕は右手に下げたビニール袋から無造作におにぎりをつかむ。お母さんが何か用事らしく、僕は生憎コンビニで昼飯を買うことになった。
「今日はコンビニなの?」
「お母さんがなんか用事があるらしくて、そんで僕は料理からっきしだし、しょうがなくコンビニで済ませた」
「よろしかったら……私のお弁当いりません? 昨日の晩御飯がかなりあまって面倒なので全部入れてきたら、すごくいっぱいになっちゃったから」
「それはちょっと悪いから」
普通に会話してる時点で少し僕も疑いたくなるぐらいだが、さすがに人の弁当をいただくのは一日二日話したぐらいの人からはなぁ……
「いえ、こっちこそ……鳥のから揚げだけど」
「いる」
「え?」
即答してしまった。
「いや悪い、がめついな。鳥のから揚げは僕の好きな料理だから」
「なら、好きなだけ食べてください! 私あんまり食べないので」
彼女はそういってるが、さすがに僕も遠慮はする。コンビニでついてきた箸でいくつかから揚げをつまむ。……冷たい、がものすごくおいしい。下味がしっかりとついていて、鳥のうまみが引き出されている。語彙が足りな過ぎて、おいしさを表現できないぐらいおいしい。
「え、なにこれ。鷲が作ったのこれ?」
「うん、そうだけど。口に……合わないとかですか?」
「美味しすぎて僕みたいな貧民層の舌に合わないっていう意味だったら肯定する」
彼女は半ば肯定のようなうなずきをする。
「いや、これは揚げたてをぜひ食べたい。すげぇ、美味しい」
「なんか、人に食べてもらって喜んでもらえるとこんなに嬉しいんですね」
「そうか」
僕は言葉を慎重に選ぼうとして、最終的に選択しすべてを捨てた。多分、彼女は一人で料理を作って一人で料理を食べてるってことなのだろうか。
「飯作れるのはいいな。本当に羨ましい」
「大変ですよ」
うぅん、どういうルートを通ろうか。僕の頭の中ではある一つの終着点へ向かってさまざまな航路を築き上げている。どれだけ自然な流れで部活のことを聞き出そうか。
「確か料理の同好会とか合ったよな。あっこいけば教えてくれる人でもいんのかな」
僕は彼女が表情をかすかに暗くしたのを見逃さなかった。ただ、これ以上聞き出すのもやめることにした。別に格段意味のあることじゃないんだ。聞き出したって、聞かなくたって、僕には全然関係ないことだ。
「うぅん、コンビニの弁当はやっぱ口にはあわねぇな……。素直にパンでも買えばよかった」
「何で口に合わないんですか?」
「なんとなくかな。うん」
理由なんてあるはずはないと思う。自分のことなのにな。
「あれ、結構時間過ぎてる……もう十二時半かぁ」
僕は左手の腕時計を覗き込む。長針はどう見ても4を向いている。安物だが電波時計なので狂うことはないだろう。
「今十二時二十分だ。その時計壊れてるんじゃないか?」
「長い間使ってますからね。時間合わせなきゃ」
「僕の時計貸すよ」
彼女がもっている懐中時計をじっと眺める。確かに古そうに見える。ただ、なぜあんなものを使っているのだろうか? 誰かの形見とか、宝物だとか、そういう理由なのかな?
「詮索するのが癖になっちまったなぁ……」
僕の呟きは、風に流れて。




