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九

 「……んん、あれ?ここは??」

 移動の際に目を閉じろと言われたから目を閉じたのだが、まさか本当に一瞬とはな。思わず感服しちまったじゃないか。

 (ねえ見た?とってもすごかったわね!)

 目を閉じてたんだから、見たも何もないだろ。そもそも、たった今俺たちは体験したんだから。うん、これはすごいや……

 (というかさ、ここはどこなんだ?)

 (どこって……見れば分かるじゃない。和室よ、わ・し・つ。それ以外っていうなら何なの?)

 (そりゃ、見りゃそうだが……どうも納得いかん。なぜなんだか)

 「驚きました?すごいでしょ、ここの技術は」

 「そうですね……ほんとにびっくりしちゃいました。それで、ここは?和室のように見えるのですが……」

 「ええそうですよ。和室です。何の変哲もないね。畳から障子、襖まで、全てご用意いたしております」

 こりゃすごいな……しかし、こいつらの怪しさがさらに跳ね上がったが。

 「最高にくつろげる空間でしょう。ああ、そのお菓子、よく味わってくださいね。取り寄せるのに結構苦労したんですよ」

 「……はあ、あの……いただきます」

 一口食べてみる……うーん美味い!確かに中々の絶品だな。

 (なあ、お前はこの羊羹どう思う?俺は……食レポが苦手なんだ。ただ、こんな羊羹中々食べられないってことは分かる)

 (どう思って……まずね、口に入れた瞬間、分かったの。舌の上を滑るこのなめらかさ。切り出した断面じゃ分からなかった、内側のきめ細かさが一気に広がるのよ。舌が、繊維の一本一本をなぞってるみたいなの。砂糖の甘さがじんわりと染みてきて……でも決して重くない。ううん、甘いのに「軽い」の。まるで、冷たい川に足先を入れたときみたいな、透明感のある驚き。小豆の香りが後からやってきて、それもまた優しいの。どこか懐かしいような、でもこんな味、私は知らない。こんな味が世界にあったんだって、そう思うだけで、胸がじんとして……っていうか、早くそのお抹茶を取りなさいよ!口の中がずっと甘ったるいのが気にならないわけ?!)

 (ああ、すまんすまん)

 熱弁どうもありがとう。とにかく、色と香りからだけで分かる。この抹茶は絶対に美味しい。

 (あちっ)

 やけに可愛らしい声を出すもんじゃないか。はてこんな娘だったか?甘いものを食べたからかね。

 (ははっ、お前もしかして猫舌か?俺はそんなに熱くないと思ったぜ)

 (うるさいわね!もうっ、せっかくのお抹茶が楽しめないじゃない!黙ってなさい!ほら、もう一回茶碗をとって!)

 ハイハイと言って、俺はその茶碗をとる。……適温だと俺は思うがね。

 「……あの、何ニヤけてるんですか?……よろしいでしょうか?そろそろ本腰を入れてあなたについてのお話しをしないとですね。では、こちらの司令官の方からいろいろ聞けると思います。私はしばらく席を外しますね。では、ごゆっくりー」

 ……なんだコイツ。雰囲気を壊しやがって。やっぱり気に食わん輩だった。始終俺の好感度は最悪だったな。

 「変なやつでしょう?重ねてお詫び申し上げます……」

 「いえいえ、そんな。こんなお茶まで用意してもらって。こちらこそ、なんかすみません」

 「いや、それはいいんですよ。あなたにはとにかく落ち着いて、リラックスしていてもらわないと困るのでね」

 「……と、いうと」

 「さっき、アイツが言いましたように、そろそろ本旨に移らねばなりませんな」

 何か本格的にマズい気がしてきたのは俺だけなのだろうか?

 「司令官」と呼ばれていたこの人は咳払いをして話を始める。

 「まあ、『バグ』ってのもね、別に単発だったら問題なかったんですよ。それがあなたの場合……幾つも発生してましてね。我々が直接干渉せざるを得なくなってしまいまして」

 (ねえ、この人今、確かに『幾つも』って言ったわよね……?)

 (あ、あぁ……そうだな)

 (……ってことは、まだ何かあるってこと?……その、私たちが同じ身体にいるってこと以外に……)

 (別にこれが『バグ』だなんて言われてないから、これ以外のことが問題なのかもしれないけどな)

 (そうかしらねえ……)

 「では、何が問題だったかって言いますとね……」

 「司令官」はゆっくりと口を開き、衝撃の事実を述べた。

 「では、何が問題だったかって言いますとね……」

 場に緊張が走る。口の中の羊羹が不気味に甘く感じられる。

 「第一に、あなたは全ての転生先での情報を記憶しています。忘却の彼方にあるはずの、というかそもそも消されていたはずの、転生先での記憶が残っているのです」

 「それが何か問題でも……?」

 「ええ、大問題です。これにはまず、なぜそもそもこのシステムがあるのかを説明しなければなりませんね」

 「このシステム」——転生を繰り返すことか。確かに、何で俺はそれに巻き込まれたのだろうか。気になる。

 「……よろしいですか?これから私は全ての真実をお伝えします。あなたには多少辛い話もあるでしょう。それを受け入れる覚悟ができたなら、私にお伝えください」

 「全ての真実」か。俺の転生譚の答え合わせ……

 (ねえ、アンタはこの話聞くの?)

 (何聞いてるんだよ。当たり前じゃないか。この人は多分、本当に全てを知っている。そして、俺らにこの状況を何とかしてくれる手立てを与えてくれるだろう。心配する必要はない)

 (……)

 過去の転生先での記憶を全て持っているということが異常なのだと言われた。つまり、毎度死ぬごとにリセットされるのだろう。……そういえばそうだよな。なんで気づかなかったんだ?!全ての色々な世界での記憶は……連続性が無かったじゃないか。そのことに、なぜ気づけなかったんだ。

 じゃあなぜ、毎度記憶がリセットされていたんだ?……だめだ、分からん。

 この空間は異様に静かだ。和室にいるのに風情を感じない。侘び寂びを感じられる音が無い。風の音、鳥のさえずり、そんなものは何も無い。気持ち悪いほどの静寂。

 もちろん、この転生譚の行く先を知れるというなら、迷う理由は無い。ただ……ただ単純に怖いのだ。これまでずっと、何度も初体験をしてきた。これほど新しいことに触れる機会などそう無いだろう。だからこそ、怖い。そのカラクリが全部分かってしまうのかと思うと、どこか恐ろしい。

 (……でも、でも……)

 (ねえ、本当に大丈夫?……私は、あなたの判断に全部任せるわ。もう覚悟はできてる。あなたが『聞く』という判断をすれば、私はそれを尊重する。私もその話を聞かざるを得なくなるでしょう?あなたに迷惑はかけたくない。だから、最初に言っておくの)

 (……)

 (それで、もしあなたが『聞かない』という選択をしても、それも尊重する。それからどうするかなんて、その時決めればいいでしょ?私も力になる。もう一度言うね、私はあなたに迷惑はかけない)

 なんか、この娘には悪いことをしてしまった。日本のときからそうだ。俺のせいで、こんなに迷惑をかけちまって……

 「迷惑はかけない」って言うのは、本当は俺の方じゃないのか?それでも、こんなに俺を支えてくれるのには……本当に感謝して、謝らないといけないな。

 「覚悟」か。そんなもの、俺には決められない。こんなにも俺は弱っちいんだな……でもな、ここまで来たんだ。もう「聞く」しかないだろ?「聞かない」なんてありえない。もう怖いとか、そんなの知ったこっちゃない。自分の、これまでの全てを、知るしかないんだ。

 (……ありがとう。なんか救われた気持ち。本当に感謝してる。感謝しきれないくらい感謝してるよ。この世のどんな最上級の形容詞でも表せないくらいね。もう迷わない。俺は進むんだ)

 (そう……じゃあ、もう焦ったく話を流さないでさっさと始めなさい。私の気が変わる前にね)

 (お前の気が変わろうと、どのみち拒否権なんて元からないがな。……でも、ありがとう。本当に)

 俺の進むべき道は最早一つだけだ。

 俺はもう腹を決めたんだ。

 「……覚悟、できました。そのシステムのお話、どうかお願いします」

 「……そうか、ではこの転生システムの体系についての説明を始めよう。まず、このシステムが何のためにあるか、それについてはこちらでも研究がまさに進んでいるところなのだが、これまでの研究で、確かに分かっていることはある。それは『全ての殺された人の記憶に、その直前の記憶が残らないように』というものだ。どうだ?心当たりがあるのではないかね?」

 なんだそりゃ?心当たりしかないぞ。

 (ねえ、あなた確か……『転生先ですぐに死んじゃってるんだ』なんて言ってなかったっけ?)

 (ああ、その通りだ。ただ、コイツらも転生の謎は、研究の真っ只中なんだな)

 「……すごいです。心当たりしかありません」

 「そうか、では話を続ける。例えばだが、まあ君も経験があるだろう。君は小さい子に転生する。しかし、頭脳がいくら発達していても、身体が思うように動かない。しかも、言語はまるでサッパリ分からない。そして……いくらか過ごした後、君は死ぬ。ここまでで何か相違点はあるか?」

 「いいえ……全くその通りです」

 いまさら驚きもしない。この人がどこまで俺のことを知っていようと、当たり前に思えてきた。

 「ありがとう。すると、君は『魂の地』へ送られたのではないかね?……あーつまり、意識だけはあるのに、自分の身体はないみたいなところなんだが」

 なるほど、「あそこ」は「魂の地」というのか。

 「はい、そうです。あのー……何度もそこを経験してるんですがね、ずっと不思議に思ってるんですよ。『魂の地』は一体どんなところなんです?」

 「確かに知りたいだろうね。本当は教えてあげたいところだが、実はまだ研究途上なのだ……このテーマの分野は最も盛んな研究の一つでね、今は続々と新事実が明らかになっているだが、依然分からないことの方が多い。君のような転生を繰り返している者……私たちは『斃転者』と呼んでいるだが、彼らと接触することも非常に重要なデータになる。……そうだな、君にも後で手伝ってもらいたいことがある。協力してくれると嬉しい」

 「……それは構いませんが、あのー、それで?」

 「ああ、すまない。先ほども言ったが、分かっていることは少ない。ただ、我々、まあ『様々な世界の眺望者』とでも言っておこう……を含め、各世界から切り離された、別種の世界と言えるだろう。まず有機物の反応が確認できない。……他にも根拠はあるが、つまり生命がどうこうできる場ではない。しかし、唯一確認できることがある。情報の流れだ。最近、新たな観測技術を用いたことでその存在を特定できた」

 ……なんとまあ高尚なこった。「様々な世界の眺望者」だってさ。どんな世界でも見れるってことだよな。俺から見た異世界も、異世界の奴らから見た異世界も、コイツらからしちゃ全部ちっぽけな世界ってことになるのだろう。

 しかし、俺は「魂の地」では「生」きてなかったのか。だが「死」んでいたとも、おそらく言えないのだろう。まあとりあえず納得した。

 「ありがとうございます。長い間このことばかり考えていまして……やっと合点がいきました」

 「それは良かった。他の『斃転者』からの情報も非常に参考になってな、矛盾があるようなら訂正を繰り返したものだ。そうして観測した事実と照らし合わせながら推論をしていく。私も研究者の一員でね。それで、転生プロセスでの異常が検知されたら当事者に接触するのも役目の一つなのだ」

 それで、今はその「当事者」の俺と話しているってわけか。

 「そして、『魂の地』に入るところで、一つとても重要な情報のやりとりが行われる。もう分かるだろう?記憶の忘却だ。だが、さっきも言った通り、君は全ての記憶を持っている。君はこれが異常なこととは知らなかったのだよな?」

 「そうですね。……あっ!思い出しました。確かに、ある時に『感じたことのない身的ダメージを受けたような気が』しました。これまでの転生時の記憶がいっぺんに戻ってきて……でも、あれが全部とも思わなかったです。意外とというか、そんなに何十回も転生していたわけじゃないみたいな記憶だったので」

 「やはりそうか……この『バグ』は突発的なもので……あとそうだ、君の情報を少し調べたが、かなり新参の『斃転者』のようだ。記憶の量が少ないのもそのせいだろう。全ての記憶を持っているといって差し支えない」

 「……そうですか」

 「ここからは『バグ』の連鎖だ……通常『斃転者』には様々なテーマが割り当てられていてだな。例えば『金持ち』だったり、『老人』、『幼児』だったり、『騎士』だったり、『妊婦』だったり……君なら『幼児』だろう。分かるだろ?」

 (あなた……ってことは二つ目の『バグ』って……)

 (ああ、そうとしか考えられないだろう。お前の身体……つまり、ある程度成長のした人の身体に転生したことが問題なんだろうな)

 「はい、俺はここ……えっと『存在しない場所』に来る前の転生先の身体は幼児ではなかったです。明らかに成長した人の身体でした」

 「そうだ。それが二つ目の『バグ』だ。そして……」

 すると話を割って入ってきたのはさっきのいけ好かない野郎だった。

 「すみません司令官!遅れました。しかし、ビッグニュースですよ。情報、ゲットです!」

 そうか、と言ってその「司令官」は耳を傾けてその話を聞く。

 「ヒソヒソ(やはり、彼の中には……)」

 なるほど、と一言呟き「司令官」は考え込み始めた。

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