六
「もしかして……もしかしてお前なのか……?」
帰ってきたのはさっきまで聞いていた声に相違なかった。さっき、別れに少し哀愁を感じていたのが恥ずかしい。
「もしかしなくてもよっ。何?この状況、アンタが言ってたのと違うじゃない!私は、新しい身体に生まれ変わるんじゃなかったの?」
そう怒られてもな、俺は転生を管理しているわけじゃないんだ。むしろ管理されている側か。
「つらいのはこっちだって同じさ。逆に言わせてもらうが、なんでお前が俺の心の中にいるんだ?騒がしいじゃないか!窮屈だし……クソっ!居心地悪いなぁっ!」
「何よアンタ!ふざけんじゃないわよっ。私はアンタに言われたことを信じた。それで、転生先ではきっと上手くやってみせるって張り切ってたのに……なんで、なんでこうなっちゃったのよ……!」
彼女の悲痛な叫びは俺の心を打った。そう、だよな。言ったことには責任を持たねばならんよな。ただ……ただなあ。こうなるなんて聞いてないぞ!「神様」よ。
これからどうなってしまうんだ。俺と彼女の意識が混在した人間ってことになるのか……それって大丈夫なのか?思えば、「ここ」(「あそこ」?)に彼女と一緒にいたこと自体がおかしなことだったのか。
いつもとは何かが違うこの世界、そして一つの心に同居する俺と彼女の意識。不気味だ。
しかし、この雰囲気は彼女の一言で意外にあっさりと流れていった。
「……にしても、思ったより男の子の脳内って、散らかってるのね」
「は?勝手に人の意識を間取りみたいに言うなよ」
「だってなんか、記憶とか感情とか、ぜんぶダンボールに突っ込んでるだけって感じ」
「仕方ねえだろ、引っ越しばっかしてんだよ俺は」
妙なことになってしまったけど、彼女の口調はあの頃と同じで、少しだけ懐かしくもあった。
「それにしてもさ……」
彼女が少し照れたように言う。
「こうしてずっと、誰かと一緒ってのも、悪くないかもね」
「いや、かなり悪いぞ。俺、風呂とかどうすんの?」
「ふーん……別に私は気にしないけど?」
「あっ、そ、そうなのか……」
「それに、アンタの顔も一度見てみたいわね。そうよ!鏡よ鏡。どこかに鏡はないかしらね……」
どうやら、こいつは俺の脳内でも容赦ないらしい。
「ところでさっ、ここからどこ行くの?私ほら、初めてだし。アンタが動かないと、何も始まらないわよ」
おいおい、さっきまでの身の上への嘆きはどこへ行った?いきなり快活になったもんだ。こいつの感情はいつもジェットコースターだ。
「待ってくれよ。俺らは今、実は結構ピンチなんだ」
「へえ、どういうこと?教えなさいよっ」
「まずなぁ、ここはいつもとは……」
俺が話を始めたところに、とんでもない介入者がやってきた。
コイツらはやばい、一目見てそう思った。
外見を上手くこう、説明するのが難しい。異様な雰囲気に包まれていて、近寄り難さが際立っている。
「もしもし、突然すまないね」
(ああ、びっくりした。人なんていたっけ?おい、こいつらはどっからやって来たんだ?)
(そんなの知らないわよ。てか、この人たちのこと、なんか知ってる?)
(それこそ知らねえよ。今の場所がどこかも分らんし、こいつらが何者かなんて尚更さ)
「……ん?なんだその怪訝な目は?ヒソヒソ(おい、言語はホントに日本語で合ってるのか?話が通じてない気がするが)」
「ヒソヒソ(ええ、日本語で間違いないのは確かです。というか、私たちはまだ名乗ってませんよ?訝しまれるのもしょうがないことじゃないですか)」
「……うむ。ああ、すまんな、君。私たちはとある組織から派遣された者なんだがな……折り入って、ちょっと話があるんだ」
(何よこの人たち。『組織』って?アンタ、何が起きてるのか分かる?)
(何も分からねえ。俺たち、なんか変なことでもしたか?)
(……一つの人物に二人分の心があるってのは、確かにおかしいけど、特に何かしたわけではないわよね?)
じゃあ、それしか考えられんじゃないか……やっぱり問題があったんだ。転生のシステムに、なにかエラーでも起きたのだろう。
「……何か言ってくれないと困るなあ。まあいいや。それでね、話ってのだけど……」
何かすごい嫌な予感がするんだが、気のせいじゃないよな……?というか気のせいであってくれ。
「ちょっと、あなたちょっと待ってください。私たちって今どこにいるんですか?」
びっくりした。俺の口が勝手に動いた。というか動かされた。何事かと思ったが、この娘が喋ったのか。なんか気持ち悪いなあ。自分の体を動かされるってのは。そういう特殊な癖でも持ってないと中々好かないもんだぞ。
(おい、何勝手に人の口を動かして……)
(いいじゃない。私だって今はアンタの一部なの。文句言わないの)
そういう問題じゃない気もするが……
「どこに?……あーそうだなあ、まあ単刀直入に言えば、ここはどんな世界にも属していない、いわば『存在しない世界』だ」
(『存在しない世界』何よそれ。アンタ分かる?)
(毎度俺に聞くな。聞いても無駄だ。俺は何も知らん。多分、今後もこいつらのいうことは分からん)
(あーそう……ねえ、私たちはどんな存在であるってこと?『存在しない世界』なんでしょ。そこに『存在』している私たちはおかしくない?)
(そうだな……だから、こいつらが来てるのかもな。『こういうところに誰かが迷い込まないように』みたいな役目があるんじゃないのかね)
「あのー、大丈夫ですか?何か喋ってくれないと……ちょっと困りますね、ら具合でも悪いですか?ん、あーそうですよね。混乱してるんですよね!分かります、分かりますとも。だって自分が『存在しない世界』にいるなんて言われたらびっくりしちゃいますもんね」
よく喋るなあ。こっちの方は。「びっくりしちゃいますもんね」だって?笑わせるな。そんなもんじゃねえぞコラ。
しかも、コイツの浮かべる薄笑いはどことなく気持ち悪さを感じる。
(ねえ、この人ウザくない?私、コイツのこと苦手かも)
(……同意見だ。なんか鼻につくもの言いだしな)
「あーいやいや。全然問題ないです。体調バッチリ!いやあ、でも驚きましたよ。『存在しない世界』ですか?ちょっと事態を把握しかねているんですけど……」
「ああ、すみません。混乱させてしまったようで。こいつ、まだ任務に慣れていないもんで。それについてはお詫びします。それでですね、まあ我々のことと、この場所について、一度にお話ししますとね……長くなりますがよろしいでしょうか?」
どうやらその「組織」とやらにも新入りやベテランみたいな概念があるらしく、片方は専らこういう任務とやらの経験が浅いようだ。ベテランの方が若手をリードしている。
「ああはい、どうぞよろしく始めてください」
「そうですですか、ではまずですね……私たちは……ヒソヒソ(日本語でなんていうんだっけ?)」
「ヒソヒソ(地球の言語では適当な言葉が見当たらないんですよね。ゲルマンの言葉を祖とするような言語で『mister hunt of tech』と、単語の羅列になるんですが……)」
「ヒソヒソ(まあそれでいい)。あーすみません……つまり、我々は『ミスター・ハント・オブ・テック』というところから来ていましてな。……適当な訳でもしといてください。それでですね……」
(なあ、この人今なんて言ったのか分かるか?)
(え、そうね……『技術のMr. 狩人』ってとこかしら?多分……きっと)
(お前よく分かるな。てかそりゃ何だ?)
「ええっと、ついて来られていますでしょうか……?」
「ああ、はい。多分……」
「申し訳ないですね。地球の言語体系では上手く表現できない語でして。該当する単語がないんですよ」
「……はあ」
(ねえ、なんていうか……ヤバくない?ちょっと、私たち今、ヤバい奴らに絡まれてたりする?)
(俺もそんな気がする……)
今はなぜか、この娘と意見がよく合う。
寿命が縮んでしまいそうな、そんな気味の悪い話が続くのである。




