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四

 今、自分の要素として、意識だけがある例の「ここ」にいるんだが、なんと来訪者がいる。

 その来訪者に「ここ」のことを話しているうちに、話題は俺の転生談になった。困ったことに俺には十分な転生先での実績がない。

 「実はな……俺、転生先ですぐに死んじゃってるんだよ。長くても数日。数分でその『人生』が終わったことだってあるんだ。何かを成し遂げられるほどの時間を過ごせたことはないんだ。そこの言語が全く分からないまま、何が起こったのかよく分からずに何度も死んだよ。転生の苦労として、言語理解が挙げられるね。それに回数も何十とかもない。十いくかないかくらいなもんだろうね」

 「何よそれっ。変なの!まあ分かったわ、そのアドバイスは覚えておくわ」

 クスクス笑われちまった。まあそれに値する話の内容だったしな……仕方ないか。

 「ねえ、あなたは日本にいたころの自分が、死ぬ前までに何をしていたのか覚えてる?」

 ん?今アンタって呼ばれなかったなあ。少しは信頼されていると信じていいのかな?

 「実はよく覚えていないんだ。月は二月くらいだったか。それくらいのことしか覚えていない」

 「じゃあさ、死因も分かってないってこと?」

 「あんまり、『死』、『死』って言っていてもいい気分にならんな。これでも俺はまだ長い夢の中にいるだけだって信じてるんだから」

 「私が幻だなんて言い草ね。ひどいじゃないっ!まあ気持ちは分からなくないわ。私だって早く夢が覚めて、もといた世界に帰りたいわよ」

 「死因ね……転生先での死に方は全部覚えてる。だって体が耐えられなかった苦しみを味わっているんだからね。ただ、オリジナルの俺の死因はさっぱりだ。直前に何をしていたかなんてのも忘れた」

 「そう……私は何をしていたかは覚えているわ。友人とライブに行く予定だったの。電車に乗ってね。でも乗り継ぎの駅に着いたあたりからの記憶がないの。私、駅で事故でも起こしちゃったのかな……」

 女、ライブ、駅、事故……俺はハッとした。頭の奥で、かすかに閉ざされていた記憶の扉が、ゆっくりと開く音がした。いや、まさか……まさかな……こんなことがあるわけ……

俺は恐る恐る彼女に聞く。

 「それ、もしかして秋葉原駅?」

 「え、ええ。そうよ。そこから数駅でドームね。でも何で分かるのよ」

 ああまずい。嫌な予感はするが聞かない方がそれを引きずって余計に心苦しいだろう。

 「五人のグループでそのライブを見に行く予定だったんじゃないか?それで服装は……」

 俺は覚えている限りの、あの彼女の特徴をこの女に述べた。

 「……なんで、なんで分かるのよっ。……もしかして……」

 彼女の声は少しずつ震えてきている。言葉は途切れ途切れで、上手く言葉にならないのだろう。

 「……」

 俺もだんまりだ。言葉が出ない。

 「……ライブは行ったの?」

 「いや、行ってない……」

 そう、と彼女が言ったっきり、俺と彼女の場にはしばらく沈黙の時間が続いた。

 そんな中、突然のことだった。

 「ねえ、アンタさ……人の人生ぶち壊してどんな気分?アンタはなんて人なのよっ!もう最低!知らない!」

 思いの限り言われちまった……その通りだ。返す言葉もない。

 俺もしたくてやってことじゃないんだがな。そりゃ申し訳ないとは思ってるさ。しかしなあ、こうもツンツン女のテンプレみたいな怒り方をされると、逆に懐かしさを覚えてしまうじゃないか……

 「あ……」

 「しゃべるなっ!黙ってなさい!私の気分は今サイアクなの、分かった?」

 「……はい、スミマセン……」

 ああ、完全に気を損なわせてしまった。さて、なんて彼女に口を開けばいいのだろう。

 どれくらい時間は経っただろうか。言葉の応酬が落ち着いて、気まずい空気だけが「ここ」に漂っていた。さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。静けさが、かえって気まずい。……でも、それが今の俺には、妙に心地よかった。

 ……よし。この状況を受け入れる心の準備はできた。それにしても、まさかこんな形で過去と繋がるとは思わなかったよ。そろそろ、向き合わなきゃいけない時間が来たのかもしれない。

 俺は彼女にもう一度語りかける。

 「さっきは……本当にごめん。俺も反省してる。……だから、っていうのも変かもしれないけど、話すことくらいは……許してくれないか?」

 「私も、ちょっとカッとなっちゃったかも……それは謝る。でもね、アンタのやったことは……やっぱり許せない。絶対に、ね!」

 「それについてだけど……言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺は死のうと思って死んだわけでは決してない。さっきも言ったが、俺は転生したところで、間も無く死んでいる。これは俺に課された運命なのかと思うくらいにね」

 「ふーん……それが本当なら、私は見当違いで怒っちゃったってことになるわね。もしかしたら、神様か何かが、私を死ぬ場面に遭わせずに死なせてくれたのかもしれないしね。とびきり衝撃的な死に方だったかもしれないし。それならアンタには、むしろ感謝しなくちゃね」

 確かに、衝撃的といえばそうだな。あれは死に慣れてない奴には強すぎる刺激だ。

 すると彼女は突然に語り始めた。

 「……私だってね、もちろん人生の夢があったのよ。私……ドイツに行きたかったの。高校出たら、まずは日本の大学に入って、ドイツのことについて学ぶでしょ。それからドイツの大学に留学して、文学か心理学を学ぶつもりだったの」

 この娘はまだ高校生だったのか……

 「なんでドイツかって、よく聞かれるんだけど……別にちゃんとした理由なんてなかったの。たまたま中学のとき、世界史の授業でベルリンの壁の話を聞いたのがきっかけ。『壁があって、そして壊れた』っていうその出来事が、なんか胸に引っかかったのよ。人間って、壁作って、それでもまた壊そうとするんだなって。それからだった。ネットで写真ばっか見てた。レンガの街並みとか、路面電車とか、小さな本屋さんとか……憧れたなぁ。冬の朝なんて、街が白くて静かで、あんな場所で暮らせたらって。海外の大学に行くわけででしょ?だから、バイトもしてた。コンビニに、近くの子の家庭教師。これでも、地域じゃそこそこの進学校に通ってたのよ」

 口を開く勇気が湧かない。俺は、俺は何を……

 「親はね、留学には反対だった。『女の子が一人で海外なんて。』って言われ続けたし、『大学に四年通えるだけのお金しか、私たちは用意しない。後は勝手にしなさい。』って言うし。ほんと、ひどい親じゃない?!」

 俺は言葉に詰まったまま、ただひたすら彼女の過去の話に耳を傾けるだけだ。情けない、何も言えないなんて。そんな中、彼女は俺に構わず話を続ける。

 「私、毎朝駅のホームで、電車を待ちながらドイツ語の単語帳読んでたんだ。きっと、努力してるって思いたかったんだよ、私。……バカみたいでしょ?そんなのじゃ全然足りないって分かってる。大学だって、受かるかどうかも分かんなかったし。成績も全然いい方じゃなかった。けど、バイトの合間に必死に勉強した。ドイツに行くための費用も、バイト代だけで足りるはずもなかった。でも、それでも……行きたかったんだよ、ドイツ。ちゃんと、自分の足で、あのレンガの道を歩きたかったの」

 彼女の言葉は一つ一つが俺の心に刺さっていった。

 ——これまでもたとえ赤ん坊とはいえ、人の人生を勝手に奪ってきたようなもんだ。今更どうこう思う必要もないか。

 彼女の身に転生した時、俺はこんなことを思っていた。よくこんなことが言えたもんだ。人の命一つ一つがどれほど大切なのか。俺はそんな簡単なことも忘れてたんだな。

 「……なんか、語っちゃって悪かったわね。ごめんね、こんなところで。ほんとはもっと、誰かに話すつもりだったのに。……って、話せるわけないか、死んじゃってるんだもんね。」

 苦笑交じりのその声には、悔しさとも、諦めともつかないものが混じっていた。  

 「……アンタ、黙って聞いててくれてありがと。なんか、救われた気がする」

 そう言ってから、また少し沈黙が落ちた。

 彼女は突然何かを思い出したように、また話し始める。しかし、この雰囲気からしたらとても妙な話だ。

 「……でさ、ちょっと変なこと聞くけど。アンタ、私の体に触ったりとか、してないでしょうね?」

 いきなり何だと思えば。そうだな、特に体については気にしなかったが。ただ、この娘の顔をこれほど見たいと思ったことはないだろう。もったいない。口調からして間違いなく、これはかなり恥じらってるね。熟れたトマトより真っ赤に違いない。

 「えっと……」

 口(?)を開きかけた瞬間だ。

 「なんで黙ってるのよっ!ほんとっ、これだから男ってやつは!」

 やべっ、返事が遅すぎた……まーた怒らせちまったか?

 ていうか、お前がライブに行ってキャーキャー騒ぐ対象も男じゃないか。俺は覚えているぞ。あのトークルームにあったライブのホームページのリンクに飛んだら、見たこともない韓流アイドルがカッコよく並んでいたからな。昔の俺とは比べちゃいけないくらい美形だった。

 それにしても、俺も変態に含めるなんてそれは主語が大きすぎやしないか?俺は卑猥な奴とは違うんだよ。

 「ダンマリね。何か言うことがあるんじゃないの?」

 学習しないな俺は……ここは早く何か言わないといけないところだろ……

 「いやあ、スマンスマン。俺は君の体に何もしてないよ。ただ正確に記憶を遡って、俺の潔白を証明したかっただけで……とにかく俺は変なことはしてない!賭けてもいい。」

 「何よそれ。また私の機嫌を悪くしたいの?鬱陶しいわね」

 この話を始めたのはお前じゃないかと思いつつ、俺は謝罪の言葉を並べた。

 「まあいいわ。いきなりこの話題にしたのは私だしね。戸惑っちゃったでしょ。ごめんっ!」

 そう、分かりゃいいんだよ、分かりゃ……

 しかし、俺があれだけ自分を省みていたというのに。ただでさえおかしくなってなのに、余計に変になるじゃないか……


 おや、何か感じるぞ。これは……また来たかな。さて、今度はどんなところに出るんだ?次くらいは長ーい人生を歩みたいものだね。期待しておこう。

 あ、この娘ともお別れになるのかな。最後に声でもかけてやるか。

 しかし先に言葉を発したのは彼女の方だった。

 「ねえ。もしかして、これのこと?アンタの言ってた体験って。私もついに生まれ変わるのね……!」

 何か言葉を返そうとした……けれど、その瞬間、俺の身体が再び世界に引き戻された。皮膚の感覚、まぶたの裏の光、心臓の鼓動。全部が一気に押し寄せてきて、最期の一言すら、彼女に伝えることはできなかった。

 もう、あの場所には戻れないかもしれない。

 あれほど喧しかったのに、不思議と静けさが懐かしい。俺にとって、あそこで初めて出会った「誰か」だった。鬱陶しくて、勝ち気で、でも……誰よりも人間らしかった。

 たぶん俺は、あんなふうに誰かと話したかったんだ。長いこと、ずっと。

 せめて、一言だけでも、

 「ありがとう」

 って、言わせてほしかった。

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