三
……脚がスースーする。短パンか?初めての感覚に違和感を覚え、脚の方を見下げるとそこには裾のヒラヒラした衣装が目に映り込んだ。どうやら今回は少女の身体に生まれ変わったみたいだ。
困ったな。今までは「転生」先は決まって赤ん坊だったのに。今度は既に生まれて十何年も経った人間の身体だ。とうに人格の形成も済んでいるだろう。この人のことなんて俺は何も知らないぞ?
すでに人格がある人間に、俺の意識が入っただけなのか?それとも元の人格は……もう、いないのか……?
ただ、身体が勝手に動いている感覚はない。この身体を制御しているのは俺の意識のようだ。となると、この娘の人格は消え去ってしまったのだろう。今更だが、そりゃそうだよな。これまでもたとえ赤ん坊とはいえ、人の人生を勝手に奪ってきたようなもんだ。今更どうこう思う必要もないか。
てかなんで駅にいるんだ?スマホは……ああポケットにあるな。時代は少なくとも21世紀だろうか。俺の知ってる日本に限りなく似ていて助かる。……お、顔認証か、よかった入れる。
ああ懐かしい。この板の感じは忘れられん。本当に人類はとんでもないものを創ったもんだよ。文明の利器ってだけじゃ説明として全く物足りないね。少し文明のレベルが下がった世界を生きた俺なら分かる。言葉になんか表せんほどの発明だよ。
思わず涙が出そうなくらい感傷に浸っていると、画面の上に通知が表示された。SNSのグループメッセージだ。
「もう駅ついたよー。東口改札の出たことで待ってる。コンビニの前ね。」
そのメッセージをタップする。このグループは仲良しの集まりなのか。メンバーは5人らしい。画面を上の方へスクロールする。
やっと理解した。この娘はどうやら皆んなでライブに行く約束をしたようだ。それで電車を待っているのか。ええっと、ドームなら確かあの駅までだっけ。
ちょっとだけワクワクしている。まさか日本での生活に戻れるなんて夢にも思っていなかった。
ただ、既に関係の成り立っている社会の中に、何も知らない俺がいきなり突っ込める訳ないだろ。どうしよう。急に不安になってきた。「自分」のことなんてそれこそ性別くらいしか分からないし、「友だち」のことなんて尚更だ。果たして俺は会話についていけるのか?「自分」の雰囲気がどんなものかも分からない。これってマズいのでは?
「ちょっと急用を思い出したから帰るね。ごめん!」
そう画面に打ち込んだが、送信するのに躊躇った。さすがに、ここまで来て休みの連絡は怪しまれるだろう。年頃の女の子たちの社会で俺がうまく立ち回れるわけがない。とても複雑な関係って聞いたことがある。なるべく目立たずに、「いつもと違うね」なんて言われたら体調が悪いと答えりゃいい。とりあえず今日はそう乗り切ろう。
そうこうしてるうちに電車の接近のアナウンスが流れた。ああ、こういう一つ一つが懐かしい。さっきから本当に涙をこらえているんだぜ。
「あっ」
スマホが手から滑った。わっとお手玉したが、なんとか落とさずに済んだ。ほっと胸をなでおろした瞬間だった。
……あれ?後ろから何かに……そう気づいた時には、足元が空を掴んでいた。思えばこの娘の声を初めて聴いたな。そういえばスマホに浮かんだ娘の顔、結構綺麗だったなあ。
そんなことを考えている場合じゃなかった。俺はホームから転落した。運悪くちょうど電車が来てしまった。あとはもう分かるだろう。身体全身を痛めつけられたね。多分助からないだろう。毎度毎度、「転生」してから死ぬまでが早すぎやしないかい?……
——あーもうっ、ここはどこなのよっ!私なんでこんなところにいるの?!
薄っすらとそんな声が聞こえたような……
さて、ここはどこでしょう……とか言うまでもないな。お分かりの通り、また「あの」場所だ。
ああクソっ。また「ここ」か。毎度「ここ」っていっても視覚的、またその他の情報は当然入ってこないのだから空間を認識することなんてできないのだが。そもそも空間なのかさえも分からんからな。
「何?ここには人がいるの?」
突然、女の声がした。あまりにも驚いたもんで咄嗟に声が出た(いや、出てないが)。
「ああ。『ここ』にいるということはお前も死んだんだな。可哀想に。でも安心しろ。俺も何度も死を経験している」
「……『死んだ』って何?私どうなっちゃったの?気づいたらこんな感じになっちゃったんだもん。自分の身体の感覚が全くないなんておかしいじゃない!でもね、夢だと思って体を抓ったり、引っ叩こうとしたりしても、身がないんだもの。夢じゃないならなんていうの?」
どうやら彼女は「ここ」が初めてのようだ。戸惑うのも無理はない。でも折角「ここ」の居住者が増えたんだ!少しは退屈も紛らわせるんじゃないか?
「俺は多分、君より『ここ』をよく知ってる。まず、『ここ』では自分の身体が存在しない。あるのは意識だけだ」
「じゃあ何で私たちは会話できてるの?」
「たしかに。発声器官がないもんな。まあ『テレパシー』とでも言っておこうか。それで俺らはコミュニケーションをとれている」
「ふーん。ていうかアンタは誰なの?ここには他に人はいないの?」
困った。元の名前は何だっけ。そういえば気にしたことがなかった。まさか自分の名前を忘れるとはな…….あっ、そういえばスマホ……!クソっ、あの時にスマホで自分の名前の検索をかけておけばよかったか。自分の死に様くらいは知っておきたかった。……まあ飛んだ先が自分の「死」の前か後かは分からないが、時系列がおかしくなってるなんてことはやめてほしいかな。あの世界は自分の知ってる日本と違和感のないほど似ていたと記憶してるが、空間も時空も歪んでるなんてのはごめんだよ。
「ここには俺以外居なかった。お前が初めての来訪者だよ。それと、人の名前を聞く前に、まずはそっちから名乗るべきなんじゃないか?」
そんな言葉を遮るように、彼女は叫んだ。
「二人っきりってこと?うわぁ、サイアクッ……私どうしてこうなっちゃったの。アンタ、どうにかしなさいよ!」
どうにかって言われてもなあ……やけにうるさい人種が来ちまったもんだ。さてどうしよう。あ、名前の件はスルーしとくか。
「おいおい、一旦落ち着いてくれよ。今後お前の身に起こるであろうことを教えてやるからさ」
「何よそれ」
「最初に頼む。本当にお淑やかにしててくれよ。小うるさいのは好きじゃないんだ」
「小うるさいねぇ……分かったわよ、あんまり騒がないから話して」
分かりゃいいんだよ、分かりゃ。
「まず、『ここ』はあくまでも『中継ポイント』だ。ここから新たなる世界へ旅立つのさ。そして、……」
また話を遮られる。
「私、中二な人ムリなの。あんまり私の癪に障るような喋り方を続けるなら、そちらが黙ってくれる?」
ああ、思わず気持ちが高揚してテンションがおかしくなってた。謝ろう。
「ああすまん。なんせ『ここ』で会った初めての人だからね。ちょっと気持ちが昂ってて。ごめんな。でももう平常心だ。問題ない」
「あっそう。で?続けてよ」
ああ、やっぱりこういう娘、あんまり好きじゃないかもな。むしろ苦手というか、この突っかかってくる感じ、ちょっとなぁ……
「あー、それで、ある瞬間に唐突に五感が戻ってくるんだよ。『ここ』では一切の感覚がないだろ?それが段々と回復してくるんだ。あんな感動的な体験は中々ないと思うぞ」
「ふーん。それはいいわね。じゃあちょっと聞きたいんだけど、アンタは数ある人生の中で一回くらいは偉大な業績を残したでしょ。その話、聞かせてよ」
困った。転生先は、ほとんど赤ん坊で、一回だけ十代くらいの女の子で、全部すぐに死んじゃったなんて言えないなぁ……




