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灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
第2部 4章 次の手に渡る鍵

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第76話 三人の若い頭目



三十二歳になる前、港の頭目が三人替わった。


ロッシ団はマリア。

舞台警備組はアンナ。

船着き連は、二十四歳のマッシモ。


三人とも、父の時代には子供だった。


昔の抗争を、自分の記憶では知らない。


古参は、それを不安がった。


「血の値段を知らない」


ブルーノが言う。


「知らない方がいいのでは」


「知らなければ、安く流す」


セレステも抗争を体験していない一人だ。


セレステと、その新しい頭目三人を屋敷へ呼び、古い抗争記録を見せた。


死者名。

弾薬費。

焼けた店。


払った補償。

払わなかった補償。

勝った縄張り。

三年後に失った店。


セレステは休養を訴え、先に帰った。


「英雄の名簿は?」


マッシモが聞く。


「ない」


「銃撃戦で五人を守った者がいるだろ」


「その者が撃った二人の名と、同じ頁にある」


「誇るなと?」


「誇るなら、全部を読んでから」


マリアは兄ピエトロの頁を開いた。


死後に代表へなった経緯。

ロッシの鍵。

自分が頭目として出した最初の処分。


すでに過去が、彼女の名の下へ続いている。


アンナは舞台警備の昔の帳簿で、女優から『特別保護料』を取っていた記録を見つけた。


「これは、いまも?」


古い会計係が目を逸らす。


化粧室の安全費という名で、女性出演者だけから取っていた。


アンナ自身も若い頃に払った。


「守られた覚えはない」


会計係は帳簿を開き、古い夜番欄を指でなぞった。


「夜の客を追い払った」


「私たちが自分で追い払った」


その場で廃止を求めた。


だが、廃止すれば警備員二人の給金が消える。


「では、全出演者の警備費へ一本化して、劇場の売上から払う」


ソフィアが提案した。


女優だけへ、安全でないことの金を払わせない。



マッシモには別の問題があった。


船着き連の若手が、鉄道貨物を敵だと言って線路へ油を撒こうとしている。


長距離荷が減り、仕事を奪われた。


「止めたのか」


「一度は。でも、飯を出せなければ次は止められない」


怒りだけを処分しても、仕事の欠損が残る。


貨物駅から港内船までの積み替えを、船着き連へ優先発注する。


代わりに運賃表を公開。


線路妨害をした者は契約から外す。


「ベランディへ入れと言うのか」


マッシモが聞く。


「独立したまま契約する」


「困った時だけ、傘を借りる?」


「晴れた月は、保証料を払う」


「結局、上納だ」


「名前を変えれば税になる」


力の差がある以上、完全に対等ではない。


それでも、断れば窓を割るとは書いていなかった。


マッシモは署名した。



三人の新頭目は、最初の半年で何度も失敗した。


マリアは古参を一度に三人外し、夜番が足りなくなった。


アンナは規則を増やしすぎ、舞台の搬入を遅らせた。


マッシモは公開運賃を安くしすぎ、給金が払えなくなった。


ベランディが穴を埋めれば、三人は名だけの頭目になる。


助言はする。


決定は戻さない。


マリアは外した一人を期間付きで戻した。


アンナは規則を半分に減らした。


マッシモは運賃を上げ、荷主へ自分で説明した。


「若頭が決めてくれた方が早い」


三人とも一度は言った。


「早いが、やらない」


俺は答えた。


三人の訂正文には、俺ではなく、それぞれの名があった。


三人が初めて同じ失敗へ署名したのは、夏の終わりだった。


舞台警備組が、港の古い綱倉庫を借りた。


地方巡業へ出る一座の大道具を、出帆まで二日置くためだ。


運び込んだのはロッシ団の荷役班。


倉庫の持ち主は船曳き連。


夜中、二階の床が抜けた。


大道具の城壁が落ち、下で寝ていた荷役の少年が脚を折る。


マリアは、腐った床を貸したマッシモの責任だと言った。

マッシモは、二階へ積むなと口頭で伝えたと言う。

アンナは、舞台警備の者は荷を守っただけで、置き方は荷役班が決めたと主張した。


三人とも、半分ずつ正しい。

三人とも、自分に不利な半分を言わない。



翌朝、屋敷へ来た。


「裁定を」


マリアが言う。


「誰の責任か決めてくれ」


俺は負傷報告を読んだ。


少年の治療費は診療所が立て替えている。


巡業一座は出帆を逃し、船賃をもう一度払う必要がある。


倉庫は使用禁止。


「三人で決めろ」


「当事者だけでは決まらない」


「当事者で決まらないなら、三つとも俺の直轄にする」


マッシモが椅子から腰を浮かせた。


「脅しか」


「決める権利を渡せと言うなら、責任も一緒に渡せ」


三人は帰った。


マリアは戻りかけたが、扉の前で引き返した。


夜まで返事はない。



二日目、負傷した少年の母が屋敷へ来た。


「誰が払うのか、まだ決まらないのですか」


決まっていない間も、薬代は増える。


若い頭目が学ぶのを待つ時間を、怪我人へ払わせるわけにはいかない。


共同の事故基金から仮払いを出した。


ただし、最終負担は三人の裁定後に戻す。


二日目の夕方、三人は別々に負傷した少年の家へ行った。


マリアは治療費の三割を入れた封筒。


アンナは、一座が失った船賃の計算書。


マッシモは、床板を替える大工の見積もり。


少年の母は、三つとも受け取らなかった。


「息子の脚は、三つに折れたんですか」


アンナの指が、三つの封筒の上で止まった。


「そういう意味では」


「あなた方は三人で来たのに、三人とも別の話をする」


少年は寝台で眠っている。


痛み止めが切れると、何度も目を覚ました。


母親は、そのたび布を替え、三人の頭目へ椅子も出さなかった。


「誰のせいか決めてから来て。決まらなくても、いつ払うかは一つにして」


三人は倉庫へ戻った。


抜けた床の下に、壊れた城壁の大道具が残っている。


マリアが最初に口を開いた。


「兄が死んだ時、皆が命令した者を探した」


ピエトロを撃った弾。

撃たせた命令。

止めなかった者。


一人を悪者にできれば、自分が次の頭目になっても同じ死を防げると思った。


「今回は、マッシモの床にしたかった」


マッシモは腐った梁を蹴った。


「俺は、口で二階へ置くなと言った。

紙へ書かなかったのは、字の契約を嫌う古参に弱いと思われたくなかったからだ」


二十四歳の頭目。


安い運賃を上げたばかりで、また金を取るのかと部下に言われていた。


点検費を契約へ足せば、仕事が別の組へ流れるのが怖かった。


アンナは、壊れた城壁から金色の紙を剥がした。


「私は、置き場所を確認した」


二階と聞き、安全ですかと尋ねた。


荷役班が大丈夫と言い、船曳き連が黙っていた。


「規則を作りすぎると言われた後だった。もう一度聞けば、また舞台を遅らせる女になると思った」


三人とも気づいていた。ただ、弱く見られるのが怖くて、もう一度確かめなかった。


「四割」


アンナが言った。


「床を持つ側」


「三割ずつ」


マリアが続けた。


「運んだ側と、借りた側」


「俺が半分でもいい」


マッシモが言う。


「半分払えば、次から黙っていた二人が自分は正しかったと思う」


三人は夜明けまで、金額より先に黙った瞬間を書いた。


口頭の注意を契約へ残さなかった。


荷重を確かめなかった。


不安を聞き直さなかった。


最後に、支払日を一つへ揃えた。



三日目、三人が一枚の紙を持ってきた。


床の点検をしなかった船曳き連が四割。

荷重を確認せず運び込んだロッシ団が三割。

保管場所を契約書へ書かなかった舞台警備組が三割。


治療費と休業補償は、その比率で払う。


一座の追加船賃も同じ。


倉庫の修繕は所有者の船曳き連。


今後、三組が共同利用する建物には、外部の大工による荷重点検を入れる。


「四割でいいのか」


俺はマッシモへ聞いた。


「よくない。だが、床が抜けた」


「三割でいいのか」


マリアは首を振る。


「少年は、うちの指示で二階へ上げた」


アンナは、契約書の最後へ一文を足していた。


-判断に争いがある時も、負傷者への支払いを止めない。


「誰が書いた」


「三人で」


筆跡はアンナだった。

言葉はマリア。

支払い期日はマッシモが決めた。


俺は裁定欄へ署名しなかった。


受領欄だけに、名を書いた。



ひと月後、少年は杖で歩いた。


巡業一座は港へ戻り、修繕した倉庫の前で無料の芝居をした。


演目は、三人の王が一つの壊れた橋を押し付け合う喜劇だった。


客席で三人の若い頭目だけが、笑わなかった。


終演後、マリアが脚本を買い取った。


俺は、買い取った脚本を顎で示した。


「消すのか」


マリアは首を振る。


「来年もやらせる」


買った脚本を三部に分け、アンナとマッシモへ一部ずつ渡した。


マリアは、自分の表紙へ「来年も上演」と書いた。


アンナは「橋が壊れる一幕前から」。


マッシモは二人の文字を読み、「直す場面を入れろ」と書いた。


舞台の三人の王は、壊れた橋を押し付け合った。

客席の三人は、笑わずに最後まで見た。

買い取った脚本には、来年も上演、と一筆。

来年、同じ席でどんな顔をしているかまでは、まだ書かれていない。


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