第72-3話 散歩の同行者
母は、引退したマルコへ仕事を頼んだ。
「散歩の護衛を」
「私は、もう現役ではありません」
「私も、現役の医師ではないわ」
診療所の玄関で、二人が向かい合っている。
「護衛班を付けます」
マルコが言う。
「四人も要らない」
「二人」
「一人」
「私以外に一人」
「では、あなたとリーナ」
「医師は護衛ではありません」
「止める力は、あなたより強い」
母が勝った。
三人で北施療宿まで歩く。
母は途中で二度休む。
マルコも一度、右膝を休める。
互いに、相手のためという顔で椅子を探した。
二度目の休憩は、パン屋の軒先だった。
店主が椅子を一脚だけ出す。
母とマルコが、同時に相手へ勧めた。
「私は患者ですから」
「私は引退者です」
「患者が先でしょう」
「年長者が先では」
「私の方が二歳上よ」
マルコが黙った。
母は勝った顔で座り、すぐ店の中から木箱をもう一つ借りた。
「あなたも」
「護衛が依頼人と同時に座るわけには」
「同行でしょう」
まだ、その言葉は出ていなかった。
母は先に、二人の間へ置こうとしている。
マルコは木箱へ腰を下ろした。膝を伸ばす時、息が少し漏れた。
店主は何も聞かず、固いパンを三つに切った。
代金を払おうとすると、首を振る。
「エミリア先生には、昔、娘を診てもらった」
「診療代は」
「払った」
「では、パン代も払います」
母は銅貨を置く。
店主も引かなかった。
「今日は先生じゃないんだろ」
母の手が止まる。
白い前掛けを着ていない。
診療鞄もリーナが持っている。
店主は敬意を取り上げたのではなく、役職の外へ出そうとしていた。
「では、一つだけいただきます」
三人で一つを分けた。
マルコは自分の分を食べ終えるまで、店の出入口を三度見た。
母はそれを指摘しない。
母も、通りを白灯の患者が通るたび目で追っていたからだ。
パンを食べる間だけ、誰も二人を呼ばなかった。
「あなたは、いつからレオーネを守っていたの」
母が聞く。
「生まれた日から」
「私より長いわね」
マルコは答えなかった。
責めたのではない。
母自身へ言った言葉だった。
「あの子は、私のことを何と」
「本人へ聞いてください」
「あなたなら知っているでしょう」
「知っていることと、私が話してよいことは別です」
母は少し笑った。
「皆、同じことを言うのね」
「若頭が、そういう家にしました」
「私がいなかった間に」
「はい」
鋭い返事。
リーナがマルコを見る。
止めない。
母は、慰めだけを受け取る患者ではない。
「怒っている?」
母が聞く。
「私は護衛です」
「引退したのでしょう」
逃げ道を塞がれる。
「怒っています」
マルコは言った。
「若頭が母親の死亡を認められず、夜中に診療所跡を探した時。
父親を失い、指輪をはめた時。
ご自分のせいで皆が死ぬと言った時。
あなたがいればと思いました」
「ごめんなさい」
「私へ謝ることではありません」
「あなたも、あの子を支えた」
「仕事です」
「そう言えば、受け取らなくて済むものね」
マルコの足が止まった。
礼を受け取れない癖を、母は一度で見抜いた。
「あなたも、似ているわ」
「誰に」
「私に。必要とされる仕事の中へ隠れるところ」
「違います」
「違うところも多い。だから、似ているところが消えるわけではない」
今度はマルコが黙る。
北施療宿に着いた。
アンドレアは診察室で待っている。
母が入る前、マルコへ振り返った。
「散歩の護衛、ありがとう」
「仕事ではありません」
言ってから、自分で驚いた顔をした。
「では、何?」
「同行です」
母は頷いた。
リーナが診察室の扉を開ける。
マルコはいつものように扉の横へ立とうとして、長椅子を見た。
杖を膝へ置き、座る。
扉が閉じても、立ち上がらなかった。
パン屋の軒先に、椅子が一脚と木箱が一つ。
二人とも、相手を先に座らせたがる。
三人で分けたパンを食べる間だけは、誰も呼びに来なかった。
帰りの歩幅も、今日はそれくらいでいい。
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