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灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
第2部 4章 次の手に渡る鍵

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第72-2話 左手を預ける



マルコは、テオの左手ばかり狙った。


木剣が手首へ飛ぶ。

テオは右で受け、左が遅れる。

肩へ一撃。


「まただ」


「左は囮だ」


「お前がそう思っているだけだ。敵には弱点に見える」


「実際、弱い」


「なら隠すな。使い方を変えろ」


火傷を負ってから、左腕は完全には曲がらない。

握力も右の半分。

庇うため、身体を右へ開く癖が付いた。


敵が左へ来れば、右の木剣を大きく回す。

その瞬間、若頭との間が空く。


マルコは同じ動きを三度させた。


三度、空いた場所へ杖を通す。


「護衛の長は、一番強い者ではない」


「知ってる」


「では何だ」


「一番、若頭の近くにいる奴」


杖が靴先を打つ。


「違う。自分の弱い場所を、誰に預けるか決められる者だ」


護衛班は四人。


テオの左側に、新人のミーロ。

視野が広く、撃つのは下手だが、人混みの流れを読む。


右後方はジャコモ。

短銃だけで、刃物はまだ持たせない。


先行は劇場警備組から来たアンナ。

退路は古参のパオロ。


「俺の左を新人に任せるのか」


「お前も昔は新人だった」


「俺は優秀だった」


「靴紐を結べなかった」


見ていたリーナが吹き出す。


「なんでいる」


「左腕の診察」


「今日は訓練だ」


「身体の話」


訓練を再開する。


今度は四人で動く。


マルコが群衆役の新人を十人入れた。


押す者。

転ぶ者。

突然、手紙を出す者。


一人だけ、木の短銃を隠している。


アンナが先に道を作る。

パオロが出口を確保。

テオは若頭役の人形へ付く。


左から二人が押した。


以前なら、右へ身体を開く。


「ミーロ」


名を呼ぶ。


ミーロが左へ入る。


テオは動かず、前を見る。


木の短銃を持つ男は正面にいた。


右手で抜く前に押さえる。


「止め」


マルコが杖を上げた。


「いまのは」


「合格?」


「ミーロが遅い」


「俺じゃないのかよ」


「班長は、部下の遅れも自分の訓練に入れろ」


ミーロが謝ろうとする。


テオが止めた。


「次、半歩早く来い。俺も名を呼ぶのが遅かった」


次の訓練では、マルコが合図を禁止した。


「名前を呼べなければ、どうする」


「死んでる時か」


「煙で声が届かない時です」


縁起の悪い答えを、少しだけ現実へ戻された。


テオは左の指を二度開いた。


ミーロが半歩入る。


一度なら警戒。

二度なら交代。

握ったままなら、退路へ移る。


三人目には違う合図が要る。全員がテオの手ばかり見れば、正面を失う。


アンナは肩を一度上げる。

パオロは靴底で石を鳴らす。

ジャコモは合図を決める前に、短銃の台尻を二度叩いた。


「銃を持っていない日もある」


マルコの杖が飛ぶ。


「じゃあ舌打ち」


「普段から多すぎて区別できない」


ミーロが笑った。


ジャコモは本気で腹を立て、さらに舌打ちした。



訓練の最後、若頭役の人形を使わなかった。


俺が中央へ立った。


「本番に近い方がいい」


マルコは人形の首元を確かめた。


「怪我をします」


「人形でも、護衛が怪我をする」


「それが仕事です」


「俺だけが安全な訓練を、本番と呼ばない」


テオは嫌な顔のまま、指を一本立てた。


守られる側が入れば、失敗の重さが変わる。


「一回だけ」


彼が条件を決めた。


群衆が動く。


左から肩が当たり、右奥で木の銃が上がる。

テオの左手が二度開く。

ミーロが入る。

アンナが俺の進路を変えた。


俺は反射的に止まり、元の道を見ようとした。


テオが背中を押す。


「護衛される時は、勝手に確認しない」


「何が起きたか分からない」


「分からないまま歩け」


俺にも訓練が必要だった。


終了後、ミーロは左側を守り切ったのに、顔が青かった。


「失敗していたら、若頭へ当たった」


テオはミーロの左肩を叩いた。


「だから次もお前が入る」


「外さないのですか」


「一回怖くなった奴を外したら、怖くないふりをする奴しか残らない」


マルコは何も褒めなかった。


訓練記録の合格欄へ、細い線を一本引いた。


訓練後、リーナが瘢痕へ油を塗る。


テオは痛みに顔をしかめるが、手を引かない。


「護衛長になるんだって?」


「まだ仮だ」


「怖い?」


「怖い」


「言えるようになったのね」


「言えって教わった」


「私に預けられることは?」


「左腕」


「それだけ?」


テオは考える。


「帰ってきた時、怖かったって言うこと」


「帰ってこなかった時は」


「縁起でもない」


「護衛でしょう」


「帰る」


子供の約束に聞こえる。


それでもリーナは頷いた。


その日、テオは護衛班長の任命書へ右手で署名した。


左手は、紙の端を押さえていた。


【人物紹介】

・ミーロ

テオの左側を受け持つ、若い護衛。

射撃は得意ではないが、視野が広く、人混みの流れを読む。

班長の左手が二度開けば、半歩入る。

守っている間は平気でも、怖さが後から追いついてくることもある。


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