↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
第2部 3章 灰冠の下に増える席

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/100

第69話 灰青鉄道



三十歳になった年、王都から港まで鉄道が延びると決まった。


港は沸いた。


山の鉱石が一日で届く。


海産物を王都へ送れる。


劇場の大道具も、馬車で分解せず運べる。


同時に、馬車組合は青ざめた。


倉庫街には、土地買収係が来た。


予定線はベランディの倉庫二棟と、貧民区の住宅三十八軒を切る。


倉庫には相場の八割。

登記のある家には五割。

登記のない十二軒には、ゼロ。


「公共の発展です、線路は曲げられません」


鉄道会社の取締役は言った。



会議の翌日、俺は予定地を歩いた。


最初の家は、壁に赤い線を引かれていた。


線路中心から何歩、という印。


家主の老女は、その線へ洗濯物を掛けている。


「立ち退きの説明は?」


「字の紙を置いていった」


「読みましたか」


「孫が読んだ。ここは、わしの家じゃないらしい」


夫が四十年前に建てた。


土地は港湾庁のもの。


固定資産税ではなく、占用料を毎年払っている。


国の紙では所有者ではない。


生活の履歴では、四十年の家だった。


馬車組合では、若い御者が怒鳴っていた。


「線路を壊せ!」


年長者は黙っている。


馬車が鉄道へ勝てないと知っている。


「線路を止めたいか」


俺が聞く。


「当たり前だ」


「五年止められたら、その後は?」


答えはない。


恐怖で五年止めても、線路は別の街へ延びる。港ごと仕事を失うだけだ。


俺たちは鉄道を敵にしなかった。


先に、会社の困り事を探した。


試験貨車を見せてもらう。


速い。


もう記憶の奥底にあった、前世の記憶が少し呼び覚まされた。


しかし、その時の電車のイメージとは大きく違う。


線路の継ぎ目で細かな振動が続き、そのせいで硝子瓶の三割が割れ、精密器具の針がずれる。


乗り心地も正直良いとは言えない。


そこで、第十型を活用するという案が出た。


貨車の床全体へ敷けば、大きな揺れで割れる。


積荷枠の接点だけへ小さく入れる。


荷車と同じように、ばね鋼と組み合わせる。


試験一回目。

石枠のねじが振動で緩み、三個外れた。


二回目。

ねじへ割りピンを入れる。

硝子瓶の破損は三割から一割八分。


三回目。

箱同士の隙間も革で埋める。

一割二分。


「完全にはならない」


エヴァが取締役へ言った。


「半分以下にはできる」


会社はそれに関心を寄せた。



供給契約を出す代わりに、線路を川側へ十九歩ずらす案を作った。


住宅の立ち退きは三十八軒から十二軒。


残る十二軒へ、登記の有無にかかわらず移転費。


ベランディの倉庫二棟のうち、一棟は譲る。


もう一棟を貨物駅の共同荷捌き所にする。


馬車組合には、駅から市場までの短距離運送を優先して回す。


会社は線を曲げ、俺たちは倉庫を失う。十二軒は移り、馬車組合は長距離仕事を失う。


全員が何かを失う案だったから、ようやく同じ机へ座れた。


「供給契約と線路の付け替えを交換すれば、贈賄と呼ばれる」


ソフィアが言った。


「公開する」


「公開すれば贈賄でなくなるわけではない」


「市議会に価格と損失を出す。第十型は相場より一割安く五年。値下げ分と移転費を同じ表にする」


「それでも、ベランディの会社が鉄道契約を取る」


「競争入札にする」


「他社が勝ったら?」


「線路だけ曲がる契約にはできない。負けたら、別の補償案を出す」


うちが落札できなければ、線路を曲げる別の金を探す。それを条件にした。


共同企業は入札で、二番手よりわずかに安い価格を出す。


当然、勝った。


魔晶石を実用レベルで導入できるのはベランディ家の工房とその傘下だけだ。


鉄道会社は裏で封筒も持ってきた。


ソフィアが笑顔で受け取らず、翌日の公開会議へ招待した。


「その提案は、傍聴人の前でお願いします」


残る問題は、市議会の票だった。


必要は十五。

確実な賛成十三。

反対十四。


残り二人は、投票日の朝まで値段を付けていた。


一人は港湾委員長。


甥を貨物駅長にしたい。


もう一人は劇場改修契約を求めた。


「買える」


マルコが言う。


「買えば勝てる」


父なら買った。


父は街を守るために、街の腐敗も使った。


俺も、きれいな手だけでここまで来ていない。


役人の愛人宅を見張った。


商売敵の帳簿を押さえた。


貸しを使って議員を黙らせた。


だが今回の案は、立ち退きの値段を公開するものだ。


その一票を裏で買えば、公開という言葉が最初から腐る。


「買わない」


代わりに、買おうとしている側の条件を表へ出した。


駅長候補とされた甥本人を、公開会議へ呼ぶ。


「就任を約束されていますか」


「聞いていない」


「叔父上は、あなたの就任を条件に票を出すと」


甥の顔が赤くなる。


「頼んでいない。私は試験を受ける」


委員長は甥のためだと思って票を売った。


甥は縁故で笑われることを嫌った。


身内を上げたい善意と、自分の力で上がりたい誇り。


一人の家族の中でも、同じ方向を向かないのは普通だ。



委員長は採決直前、棄権した。


十四対十四。


議長票が要る。


議長は、かつて父と賭場の利益を分けた老人だった。


採決前、廊下で呼び止められる。


「ヴィットリオには借りがある」


「父への票なら、墓へ持っていってください」


「息子は受け取らない?」


「今日決めるのは、生きている十二家族の移転費です」


老人は笑わなかった。


「ヴィットリオは善い息子を持った。彼も誇るだろうな。」



採決の鐘。


十四対十四。


議長が賛成札を上げた。



「借りを返したのではない」


閉会後、老人は言った。


「次にお前の案が悪ければ、反対する」


「その方が助かります」



開通の日、最初の貨車には灰青色の防振枠が付いた。


列車が通るたび、古い倉庫跡が震える。


老女を含む十二世帯は、共同荷捌き所の裏に建てた住宅へ移った。


前より狭いと文句を言った。

井戸が近いとも言った。


補償したから幸せになった、と議事録には書かなかった。


最初の列車が通ると、老女の新しい家の窓が震えた。


彼女は文句を言いながら、赤い線へ掛けていたのと同じ洗濯物を取り込んだ。



灰青鉄道は俺たちの荷を遠くへ運び、馬車だけでは街を動かせない時代も一緒に連れてきた。


鉄道が開通すると、港に新しい縄張りができたのだ。


貨物駅の一番地。


昨日まで倉庫の裏だった場所に、荷役人、食堂、宿、両替屋、娼館、賭け屋が集まる。


土地を持っていた家より先に、仕事を持つ者が場所を取った。


王都からも組織が来た。


黒帽子組。


駅の荷札を一枚早く回す代わりに金を取る。


貨車から荷を下ろす順を売る。


ベランディの用心棒代は払わない。


「駅は国の土地だ」


黒帽子の頭目は言った。


「港の縄張りじゃない」


法的には正しい。


駅構内の警備は鉄道会社。

貨物の順番は駅長。


ベランディが徴収する根拠はない。


「なら、うちも金は取らない」


古参が驚いた。


「放っておくのですか」


「国の土地なら、国の規則で止める」


一週間、黒帽子組の仕事を記録した。


荷札を早くした貨車。

払わず後回しにされた店。

消えた荷。

駅員への金。


証言を集め、鉄道会社へ出す。


会社は動かなかった。


「荷は最終的に届いている」


「順番の売買は、駅員個人の問題」


「警察へ」


提出した証言の束は、会社の机で三日動かなかった。


「やはり、殴って追い出すしかない」


ブルーノが言う。


「それを待ってる」


あっけらかんとそう言えるのは、黒帽子組はこちらが駅構内で暴力を使えば、中央警察を呼べる。


港のマフィアが国有地を襲った話になり、ひいては悪徳マフィアを退治した英雄となる。


そこで、俺たちは別の場所を取った。


駅前の共同荷捌き所。


貨車から下りた後の荷を、一度そこで検品する。


正規の順番で届いた荷には緑札。

追加金を払って早めた荷には黄札。

途中で封が変わった荷には赤札。


黄札を禁止しない。


急ぐ商人が追加費用を払うこと自体は商売だ。


ただし、誰へいくら払ったかを公開する。


「黒帽子へ払ったと書けるわけがない」


商人が言う。


「なら、黄札なし。うちの保証もなし」


荷抜き補償を受けるには、経路を申告する。


三日で、黄札の荷が減った。


黒帽子組の収入も落ちる。


彼らは共同荷捌き所の窓を割った。


夜番を殴った。


これで、駅の外の事件になった。


警吏へ出す証拠ができる。


同時に、こちらも動く。


頭目の宿、借りている倉庫、食料の仕入れ先を調べる。


脅して止めるのではない。


すべて現金払いへ変える。


ベランディの信用網を使わせない。


「同じ脅しだ」


黒帽子組の頭目は交渉席で言った。


「駅で国の規則が使われなかった。外で、うちの契約を使っている」


「力のある方が規則を選ぶだけだ」


「そうだ」


否定しない。


「だから、条件を紙にする」


黒帽子組は、駅の荷役会社として登録する。


急送手数料を一律にし、領収書を出す。


払わない荷を故意に遅らせない。


消えた荷は会社が補償。


駅員個人への支払いをやめる。


守れば、共同荷捌き所の保証対象へ入れる。


「ベランディの傘下か」


「鉄道会社の下請けだ」


「名前は」


「黒帽子荷役」


頭目は笑った。


「格好悪い」


「親しみやすい方が、給金は安定する」


二十人のうち十三人が登録を選んだ。


七人は別の街へ行った。


残った十三人も、領収書の外で小銭を取ることがある。


そのたび、荷主は黄札を荷へ結んだ。


黒帽子の頭目は札を見ると、仲間を殴る代わりに領収書を切り直した。


頭目は別れる際、一言だけ言い残していった。


「あんたは賢い。だが、少しばかり賢すぎる。」


俺にはその意味が、十分にはわからなかった。


わからないなりに、忠告として記憶することにした。


【用語紹介】

・灰青鉄道

王都と港を結ぶ鉄道。貨車の積荷枠には、第十型を使った防振の仕組みが採用された。

列車そのものを魔晶石で動かしているわけではなく、石の役目は運ぶ荷の揺れを減らすこと。


--

評価、コメントはページ下部よりお気軽に。

作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。