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灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
第2部 3章 灰冠の下に増える席

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第64話 二つの用心棒代



港には、用心棒代を二度払う店が四十七軒あった。


昼はベランディ家。


夜は南埠頭のロッシ団。


どちらも守っていると言う。


実際には、片方へ払わなければ、もう片方を名乗る若者が窓を割った。


魚屋の老女が、二枚の受領証を俺の前へ置いた。


「月の儲けより多い」


「いつからです」


「去年の冬。あんたらが山へ行ってた頃からだ」


俺たちが留守にした隙間へ、別の暴力が入った。


戻ってからも気づかなかった。


金を取る仕組みは、取れている限り問題を報告しない。


古参会議では、ロッシ団を潰せという声が多かった。


相手は二十人。

こちらは百二十を超えている。


一晩で追い出せる。


「追い出した二十人は、翌朝どこへ行く」


「ほかの街へ」


「半分は。残りは名を変えて窓を割る」



俺はロッシの頭目を魚市場の二階へ呼んだ。


武器は一人一丁。

護衛二人まで。

互いの見張りが分かる、開いた部屋。


机へ四十七軒分の受領証を並べる。


ロッシは三十歳。


赤い襟巻きと、眠っていない目。


「縄張りをよこせと言うのか」


「仕事を分ける」


昼の荷役争いはベランディ。

夜の倉庫見回りはロッシ。


店は一度だけ払い、仕事票に応じて取り分を分ける。


窓を割った者の分は、所属する家の取り分から補償する。


「俺たちを下請けにする気か」


「名前も命令系統も残す」


「上にあんたがいる」


「補償の最後に、うちの印を置く。それを上と呼ぶなら」


「断ったら?」


「四十七軒へ、今月はどちらにも払わなくていいと伝える」


ロッシの顔が固まった。


俺たちは一月分を失い、ロッシは全部を失う。


脅しであることは変わらない。ただし、その値段を四十七軒へ払わせない。


「血を流さない家だと聞いた」


「必要のない血を、金の代わりに数えない家だ」


「結局、脅してる」


「そうだ」


ロッシはしばらく俺を睨み、それから受領証の束を取った。


一週間の試行で合意した。



最初の夜、第三倉庫で荷抜きがあった。

犯人はロッシ団の若者。


見回り中、酒樽を一本裏口へ出した。


「昔からの小遣い稼ぎだ」


本人は悪いと思っていなかった。


守る荷から少し取るのが、夜番の役得だった。


ロッシは皆の前で殴り、歯を二本折った。


翌朝、腫れた顔の若者と一緒に来た。


「補償する。罰も与えた」


「歯を折っても、酒は戻らない」


「甘くしろと?」


「働かせろ。六か月、給金の一部を荷主へ返す。

夜番から外し、昼の荷運びへ。逃げたら、お前が払う」


若者が初めて顔を上げた。


「俺を追い出さないのか」


「お前の頭目へ聞け」


ロッシは答えられない。


ロッシは、若者の折れた歯と酒樽の値段を見比べた。


「こいつがまた盗んだら」


「次は、故意を繰り返した記録で処分する」


「紙が歯より怖いのか」


「歯は二本で止まる。記録は、次の店も読む」



一週間後、四十七軒の支払いは一つになった。


受領証には二つの印が並ぶ。


三か月後、夜の倉庫荒らしは半分に減った。


ゼロではない。


ロッシ団の見回りが来なかった夜もあった。


その月は仕事票から差し引いた。


ベランディ側の仲裁が遅れた店もあった。


こちらの取り分も減らした。


同じ基準で自分の金が減ることを見て、ロッシはようやく受領証を信用した。


四月目、最初に二枚の受領証を持ってきた魚屋の老女が、今度は一枚の仕事票を持ってきた。


「今月は払わない」


夜、裏口の錠へ切り傷があった。


盗られた物はない。


だが見回りの呼子も鳴らず、翌朝まで誰も気づかなかった。


「被害がないなら、仕事はした」


ロッシの若者が言う。


老女は魚包丁をまな板へ突き立てた。


「盗られなかったのは、棚が空だったからだよ」


仕事票を調べる。


夜番が店の前を通った時刻は、十一時と一時。


錠を切ろうとした音を聞いた近所の証言は、十二時十分。


一時間ごとの巡回という契約に、二十分の穴がある。


ベランディの昼番は、その傷を引継ぎ欄へ書いていなかった。


どちらも、半分ずつ仕事を落としている。


その月の用心棒代を免除した。


錠の交換費は、二家の取り分から半分ずつ出す。


「試したのか」


ロッシが老女へ聞いた。


「何を」


「一枚になった途端、払わないと言えば通るか」


「二枚の時は、どっちへ言っても相手のせいだった」


老女は新しい錠を確かめた。


「一枚なら、どっちのせいでも、この紙を出せばいい」


一枚になれば、二家が口裏を合わせる危険もある。


受領証の裏へ、店が支払いを止められる条件を書いた。


見回り欠落。

仲裁遅延。

所属を名乗る者による損害。


店が自分で徴収を止められる項目は、月ごとに三つ増え、最後に七つで落ち着いた。



翌月、老女は新しい錠を二度引いてから、一枚だけになった受領証へ印を押した。


信用札の偽物が出たのは、二つの用心棒代をまとめた三か月後だった。


本物は、灰色の厚紙。

左上に灰冠の押印。

右下に組合印。


中央へ、店番号と保証上限を書く。


偽物は、よくできていた。


紙も、印も、番号の字も似ている。


違ったのは、濡れた時だった。


魚商人が雨の中で札を出す。


灰冠の輪から青い染料が流れた。


本物の印には、炭と油しか使わない。


「何に使った」


札を持ってきた商人へ聞く。


「塩漬け魚、二百樽。三十日後払い」


「売った側は」


「北岸の仲買人だ。もう船を出した」


偽札一枚で、二百樽分の借金がベランディへ来る。


保証しないと言えば、札を信じた魚商人が潰れる。

払えば、偽物を使った者が利益を持って逃げる。


「先に魚商人へ払います」


ルカが言った。


「本物と確認せず売った落ち度は?」


古参が聞く。


「番号は実在します。印も精巧。通常の確認はしている」


「なら、うちが全部被る?」


「信用札は、そういう商品です」


札を本物だと信じさせて金を取った以上、偽物だと言うだけでは済まない。


共同準備金から支払った。


同時に、同じ番号の札を全部止めた。


本物を持つ店へも影響が出る。


「俺たちは何もしてない!」


店主が怒鳴る。


「再発行まで二日。現金が要る仕入れは、信用庫が直接払う」


「面倒だ」


「偽物を見分ける印を増やします」


「また札が増える」


店主は悪態をつきながら、二日分の仮札を受け取った。


犯人を追うのは、ジャコモとセレステに任せた。


一人は港の道を知る。


一人は紙を知る。


「俺、刃物ないぞ」


「犯人を切る仕事ではありません」


セレステが偽札を灯りへ透かした。


紙の中に、赤い繊維が三本ある。


市内でこの紙を作る工房は二つ。


一つは彼女の前の職場だった。



夜、製紙工房へ行く。


元班長は、紙の販売記録を出したがらない。


「辞めた女が、帳簿を見せろ?」


「ベランディの調査です」


「マフィアの女になったか」


「前から女です」


ジャコモが笑いそうになり、睨まれる。


帳簿を力で開かせれば早い。


セレステは、偽札の紙を机へ置いた。


「この紙で詐欺が出ました。記録を拒めば、工房が売った先を隠したと報告します」


「脅しか」


「選択肢の説明です」


若頭の言い方を覚えていた。


班長は帳簿を出した。


赤繊維の紙を大量に買ったのは、葬儀札を作る印刷工。


店へ着くと裏口が開いていた。


男が紙束を抱えて逃げる。


ジャコモが追う。


市場の屋台を飛び越え、魚籠へ足を取られ、追いつく。


男が小刀を抜いた。


ジャコモの手は空だった。


半年前なら、靴から刃を出した。


いまは魚籠を蹴る。


男の足元へ鰯が散る。


滑って転ぶ。


小刀を遠くへ蹴り、腕を押さえた。


「魚で捕まえた」


息を切らして言う。


「弁償です」


追いついたセレステは、先に散った鰯を数えた。


印刷工は、札を十六枚作っていた。


使われたのは三枚。

一枚は魚樽。

一枚は布。

一枚は鉄材。

残り十三枚は押収。


依頼主は北岸の仲買人だった。


船は出たが、取引先へ信用札の停止通知を送る。


次の港で荷を売れず、男は二週間後に戻ってきた。


逃亡費と損害を差し引き、残った資産を三人の被害者へ回した。


足りない分は、共同準備金。

偽造した印刷工は裁判へ。


製紙工房は罪に問わない。


紙を売っただけだからだ。


ただし大口購入者の記録を一年残す規則を加えた。


新しい信用札には、水で流れない印に加え、角へ三つの穴を開けた。


紙が違っても、指で数えられる。


字が読めない店主にも分かる。



一週間後、最初に訴えた魚屋の老女が、また二枚の受領証を持ってきた。


今度は、どちらにも穴が三つある。


偽物は、釘を熱して開けていた。


間隔がわずかに狭い。


セレステには分かった。


老女の指には、どちらも同じ三つだった。


「役に立たないじゃないか」


「一度だけ払って、二枚とも私たちへ送ってください」


「二度目を断ったら、また窓を割るよ」


「割られたら、窓代の請求も送ってください。今度は、こちらが払います」


老女は呆れた顔で二枚を持ち帰った。


その夜、魚屋の窓に一本のひびが入った。


翌朝、老女は割れた窓の内側へ、本物と偽物を紐で並べて吊るした。


六つの穴から、同じ朝日が入った。


【用語紹介】

・信用札

店番号と保証上限を記した、仕入れ代金の後払いに使う札。

灰冠と組合の印があり、支払いが滞った際は共同準備金が先に負担する。

偽造事件のあと、新しい札の角には、指でも確かめられる三つの穴。


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