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灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
第2部 3章 灰冠の下に増える席

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第62.5話 初めての給金袋



セレステは、給金袋を開ける前に重さを量った。


会計室の小秤へ載せ、分銅を置く。


銀貨十二枚。

銅貨八枚。


試用期間の給金から、朝食代と制服の半額が引かれている。


明細と一致した。


「信用していないのか」


ルカが聞く。


「信用するために量っています」


「袋ごとでは、革紐の重さが違います」


「だから開けて、次は一枚ずつ量ります」


ルカが少しだけ嬉しそうな顔をした。


給金日は、古参と新人を同じ列に並ばせる。


最初は清掃係。

最後は若頭。

金額は違うが、明細の形式は同じ。


セレステは受け取る側ではなく、会計補助として配る側にもいた。


袋を渡す。


本人の前で金額を読む。

受領印をもらう。

字が書けない者は、指印。


以前の製紙工房では、女工の給金は班長へまとめて渡された。


班長が『罰金』を引き、理由を説明しない。


受け取った後で少なくても、誰が抜いたか分からない。


ここでは、引かれる金が先に書かれている。


正しいとは限らない。


ただ、間違いを指で示せる。


「俺の、軽い」


ジャコモが袋を振った。


「パン三つ分」


「一つは俺が食った。二つは俺じゃない」


「あなたが持ち出した」


「会計って冷たいな」


「数字は体温を持ちません」


「じゃあ、なんで給金日は皆あったかい顔する」


返事に詰まった。


セレステは答えず、次の袋を本人の前で開けた。



昼前、女性伝令の明細を読んだ。


夜間危険手当がない。


彼女は今月、抗争の残る東区へ三度行っている。


規定を開く。


『危険区域へ出る男一名につき』


古い文章だった。


「質問があります」


セレステは自分の袋を置いた。


「危険手当の基準に、女が含まれていません」


ルカが規定を見る。


「これまでは、女性を危険区域へ出さない前提でした」


「出ています」


「人手が足りず、例外にした」


「危険も例外になるのですか」


ルカは答えず、赤い筆を取った。


『男』を消す。


『従事者一名につき』と書き換える。


「今日の支払いへ遡ります。該当者を呼んで」


銀貨が二枚、追加された。


伝令の女性は、セレステへ礼を言わなかった。


「規定がおかしかっただけだろ」


「はい」


それでよかった。


女性伝令は追加の二枚も、その場で数えた。


午後、セレステは初めての給金で靴を買った。


飾りのない黒い革靴。


夜の読み書き教室へ行くため、雨でも滑らない底を選ぶ。


店主は赤い飾り紐を勧めた。


「若い娘なんだから」


「夜道で目立ちます」


実用を選んだ。


以前なら、それしか選べない自分を貧しいと思った。


いまは、何に金を使わないかも自分で決めている。


残りを母親へ渡した。


母は袋を受け取らず、卓へ置かせた。


「全部あるの」


「数えた」


「班長に取られていない?」


「班長へまとめて渡す仕組みではない」


「マフィアが直接取るの?」


セレステは、明細を母の前へ広げた。


朝食代。

制服代。

税。

手取り。


母は字を読めない。


数字も、十二までは分かるが、桁が増えると黙る。


以前の製紙工房で給金が少なかった月、母は班長へ聞きに行こうとした。


セレステが止めた。


娘を辞めさせられるのが怖かったからだ。


「これは朝食代」


一行ずつ、声にして説明する。


「食べなければ引かれない。今月は毎朝食べた」


「制服は、辞めたら返すの?」


「半額を払ったら私の物。残り半額は家が払う。三月以内に辞めた時だけ、家の分を返す」


「払えなければ」


「退職金から。足りなければ、月ごとに返す」


母は、明細ではなく娘の顔を見た。


「本当に辞められるの」


「契約には」


「契約の話じゃない。相手はベランディでしょう」


紙に出口があっても、門の前に男が立てば出られない。


母が怖がっているのは、そこだった。


「まだ分からない」


セレステは、安心させるために嘘をつかなかった。


「辞めた人を、一人知ってる。市役所へ行った。追われていない。

でも、私が辞める時も同じかは、その時にならないと分からない」


「なら、この金は使わない」


「なぜ」


「逃げる時に要る」


母は袋を押し返した。


祝うための最初の給金を、逃げるための金として残そうとしている。


セレステは腹が立った。


同時に、母がそう考えるまでの工房を知っている。


「半分だけ、取っておく」


「全部」


「半分。残りで、屋根を直す」


「雨は桶で受けられる」


「私が濡れる」


「寝る場所をずらせば」


「もう、給金の少ない方へ生活をずらしたくない」


強い声が出た。


母が黙る。


セレステも、自分が泣きそうだと気づいた。


「全部貯めるために働いたんじゃない。今月、屋根から雨が落ちないためにも働いた」


母はしばらく娘を見た。


それから袋を二つに分けた。


逃げるための金。

屋根を直す金。


母は二つの袋へ、同じ革紐を結んだ。


銀貨一枚だけ、机の引き出しへ残す。


「記念か?」


ジャコモが聞く。


「証拠です」


「何の」


「数えた通りに支払われた月が、一度はあった証拠」


「来月ももらえるだろ」


「来月、同じとは限らない」


「疑い深いな」


「あなたより?」


ジャコモは考えた。


「同じくらい」


翌月の給金日にも量るつもりで、セレステは小秤の埃を払った。


その銀貨は、翌月の給金日に使うことになった。


古参の清掃係が、袋の中身が一枚少ないと言った。


明細は銀貨九枚。

袋には八枚。


「受領後に落としたのでは」


配布係が言う。


「ここで開けた」


清掃係は字を書けない。


受領欄には指印がある。


規則どおりなら支払い済みになる。


ジャコモが、指印の付いた受領欄を指で弾いた。


「一枚くらい、もう渡せば」


「それでは、次も足りないと言えば増えます」


セレステは袋を秤へ載せた。


八枚の銀貨と袋より、少し重い。


底を指で押すと、二重の革に硬い感触がある。


縫い糸を一本切った。


銀貨ではなく、薄く削られた銀の欠片が出た。


本物一枚分に近い重さ。


袋を作った者が、中身を抜き、秤だけを騙した。


ほかにも同じ袋が二つ。


銀貨三枚が消えていた。


「量るなら、重さを同じにすればいいと思った」


袋縫いの若者は認めた。


賭博の借金があった。


「信用するために量ったんじゃなかったのか」


ジャコモが聞く。


「量り方も覚えられます」


次から、袋ごとの重さに加え、本人の前で枚数を数える。


秤は廃止しない。


削られた貨幣や、違う金属を見つけるために使う。


翌月から、秤の横へ貨幣を数える木皿が置かれた。


清掃係へ銀貨一枚を追加した。


細かい銀貨が足りず、セレステは引き出しの記念硬貨を出した。


「最初の給金だろ」


老人が言う。


「なぜ知ってるんです」


「入れてるのを見た」



翌日、会計から同じ額が戻った。


同じ銀貨ではない。


傷も重さも少し違う。


セレステは新しい一枚を引き出しへ入れた。


傷も重さも、最初の一枚とは違う。


セレステは新しい銀貨を一度量ってから、引き出しを閉めた。


【人物紹介】

・セレステ

製紙工房から来た二十歳の女性。夜の教室で読み書きを学び、ベランディの会計補助になった。

給金は、明細も重さも自分で確かめる。

数字が合っていても、規定の方が間違っていれば指摘する人。


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次の10/12の投稿、4話投稿になります。


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