第62話 三つの採用条件
二十七歳の春、ベランディ家は人を募集した。
マフィアが募集札を出した、と港じゅうで笑われた。
それまで新入りは、古参の親類、路地で拾った孤児、
借りを返せない者、敵から寝返った者のどれかだった。
履歴書を書いて入る家業ではない。
だが俺たちには、工房、倉庫、診療所、会計室、回収班、運送組合との連絡所がある。
第十型は海を渡り、保守先は三つの街へ増えた。
血縁だけで埋めれば、いずれ同じ姓の者だけが同じ間違いをする。
募集札には、三つの条件を書いた。
一、字を覚える意思があること。
二、借りた金と預かった金を分けること。
三、仲間を殴った時、理由より先に殴った事実を認めること。
「銃が撃てること、は?」
ブルーノが聞く。
「後で教えられる」
「度胸は?」
「度胸がないと言える方が使える」
「家への忠誠は?」
俺は少し迷った。
「最初から求めない」
「給金を受け取り、怪我をすれば治療を受け、辞めたい時に門を出られる。
そこまで見てから決めればいい」
応募初日、百四人が来た。
受付で名前を書けたのは三十一人。
書けない者には、口頭で名を聞いた。
その場で落とさない。
最初の条件は、字を知っていることではなく、覚える意思だからだ。
「覚えて何になる」
五十代の荷役夫が言った。
「字の仕事は若いのにやらせる」
「自分の給金明細を読めます」
「少なかったら殴ればいい」
「誰が間違えたか分からずに?」
「会計係だろ」
ルカが奥で顔を上げた。
男は一日目で帰った。
採用されることより、今までの生き方を変えない方を選んだ。
五十年間、拳で通った男は、鉛筆を持つより門を出る方を選んだ。
二つ目の試験では、銀貨十枚を渡した。
「五枚は工房の材料費。三枚は昼食の共同費。二枚はあなたへの日当。机へ分けて置いてください」
十二人が、全部を一つの袋へ入れた。
「後で数えれば同じだ」
「数える前に一枚使ったら?」
「俺の日当から使ったことにする」
「誰が決める」
そこで答えられなくなる。
「俺の日当から」という言葉だけでは、銀貨に印は付かなかった。
三つ目の試験は、質問だけだった。
「仲間を殴ったことは」
「ありません」
そう答えた少年の拳には、昨日できた裂傷がある。
「壁を殴りました」
「壁は仲間か」
「俺より長く寝床にいるんで、たぶん」
隣でマルコが咳をした。
笑いをこらえたらしい。
少年はジャコモ。
十七歳。
南埠頭の伝令。
父親は知らず、母親は洗濯場で死んだ。
三つの組織から使い走りに誘われ、三つとも荷を一度盗んで追い出されている。
「なぜ盗んだ」
「給金を払わなかったから」
「預かった荷を盗んでいいのか」
「よくない。でも腹は減る」
「また給金が遅れたら?」
「先に帳簿を盗む」
「なぜ帳簿だ」
「誰が俺の金を持ってるか分かるから」
ルカの眼鏡が光った。
別の列には、二十歳の女性がいた。
セレステ。
昼は製紙工房、夜は市の読み書き教室へ通っている。
名前の横へ、端正な字で現住所と扶養家族まで書いた。
「入りたい理由は」
「紙を数えるだけで、紙に書く側へは上がれないからです」
「うちなら上がれると?」
「女を帳簿に触らせない古い家が、あなたたちを嫌っています」
「それで」
「嫌われている理由が、私には好都合です」
ソフィアが小さく笑った。
「忠誠は?」
古参の面接係が聞く。
募集札にない質問だった。
セレステはそちらを見る。
「最初から求めない、と若頭が先ほど言いました」
「聞いていたのか」
「扉が開いていました」
「盗み聞きだ」
「公開募集です」
古参の顔が赤くなる。
俺は質問を記録した。
古参の面接係は、その後、募集札を自分の前へ置き直した。
採用は十二人。
全員に三か月の試用期間。
銃は渡さない。
最初に渡したのは、朝食券、鉛筆、給金規定、異議申立書だった。
「異議って何だ」
ジャコモが聞く。
「命令がおかしいと思った時に出す」
「出したら殴られる?」
「殴った者の名を書く欄がある」
「紙で止まるかよ」
「止まらなければ、次は人が止める」
少年は紙を裏返し、透かして見た。
罠がないか確かめる顔だった。
その夜、募集札の下へ赤い文字が書かれた。
-血を薄めれば、家は死ぬ。
消せという意見が出た。
俺は残した。
新入りが毎朝そこを通り、自分が何を薄めると言われているのか見るため。
古参も、自分が何を血と呼んでいるのか考えるため。
翌朝、赤い文字の下に誰かが小さく書き足していた。
-薄まるのは血か、腐りか。
ジャコモは、採用初日に食堂から消えた。
パンを三つ持って。
テオが南埠頭で見つけた時、一つは腹の中、二つは幼い兄妹へ渡った後だった。
「盗んだな」
「朝飯は支給だろ」
「一人一つだ」
「小さい字で書いてあった」
「字を読めるじゃないか」
「読んだ後で盗んだ」
悪びれない。
テオは首根っこを掴まず、食堂まで歩かせた。
俺は、三つ分を最初の給金から引くと告げた。
「追い出さないのか」
「追い出してほしいのか」
「拾ったガキに飯をやって、恩を売るのがあんたらのやり方だと思ってた」
「拾っていない。採用した」
「同じだ」
「違う。拾った物は持ち主の好きにできる。雇った者には、契約した仕事しか命じられない」
ジャコモは鼻で笑った。
「契約に、盗んだら給金から引くって書いてある?」
規定を開く。
食料の無断持ち出しは、実費弁償とある。
追放ではない。
「ある」
「じゃあ、引けよ」
追い出されるところまで確かめるつもりの目だった。
規定どおり引いた。
最初の仕事は、保護料の受領証を届けることだった。
用心棒代、という名は残している。
その裏へ、提供内容を書いた。
夜間見回り。
火災時の人手。
荷抜き被害の補償上限。
争いの仲裁。
連絡所の場所。
何も起きなかった月にも金を取る以上、何を起こさせなかったか残す。
「こんなの見せたら、してない仕事がばれる」
ジャコモが言う。
「ばれて困る仕事は、次の月に金を取るな」
二十七枚を配り、二十六枚の控えを持ち帰った。
一枚足りない。
「魚屋の婆さんが受け取らなかった」
「理由は」
「先月、店の裏で三回喧嘩があった。見回りが来なかった」
「お前は何と言った」
「俺は知らないって」
「それだけか」
「今月は払うな、とも言った」
会計室が静まった。
組織の金を、試用初日の少年が勝手に止めた。
古い家なら、その場で歯を折る。
俺の胸にも、苛立ちが立つ。
だが受領証には、俺たち自身が提供内容を書いた。
「判断は正しい」
ジャコモの目が細くなる。
「ただし、順序が違う。次から連絡所へ報告して、確認した者の名を控えへ書け」
「次があるのか」
「試用期間中だ」
「パンも盗んだ」
「給金から引く」
「あんた、俺を拾ったことにしたいんじゃないのか」
「したくない」
その言葉で、初めて少年の笑いが消えた。
二週目、ジャコモは荷の宛先を間違えた。
劇場用の白縁保温板を、魚市場へ運んだ。
市場用の油布板は劇場へ行った。
色を見れば分かるはずだった。
「夜、札が見えなかった」
倉庫主任は赤い札の縁を指でこすった。
「朝まで待てばよかった」
「急ぎって書いてあった」
「読めたのか」
「急ぎ、だけ」
読めた一語で、読めない残りまで決めていた。
劇場では油の匂いが衣装へ移り、魚市場では防湿の弱い板が二枚濡れた。
損害は小さい。
ジャコモは、誰かが直す前に二か所を走った。
劇場へ謝り、魚市場で板を交換し、濡れた二枚を工房へ持ち帰った。
「逃げなかったな」
テオが言う。
「逃げたら、給金もらえない」
「それだけか」
「それで足りるだろ」
給金をもらうために戻った。それで十分だった。
一か月目、南埠頭で仲間が殴られた。
ジャコモは殴り返さなかった。
代わりに相手の顔、上着の印、逃げた道を記録した。
「怖かったのか」
ブルーノが聞く。
「六人いた」
「度胸がないな」
「ない。六人に一人で勝てるなら、今ここであんたを殴って頭目になる」
ブルーノは笑った。
翌日、記録を使って六人の所属を突き止めた。
治療費と壊れた荷を、相手の頭目から取った。
ジャコモの拳より多く戻った。
二か月目、給金が半日遅れた。
ルカの支払票ではなく、銀行の現金輸送が止まったためだ。
ジャコモは帳簿を盗まなかった。
会計室へ来て、理由と支払時刻を書いた紙を要求した。
「証拠にする」
ルカの筆が止まる。
「何の」
「次に遅れた時、一回目から数える」
ルカは署名して渡した。
「こちらも控えを残します」
「俺を信用しないのか」
「信用するためです」
三か月目、試用期間が終わった。
採用通知を渡す。
ジャコモは紙を三度読んだ。
知らない字をセレステに聞く。
自分で最後まで読む。
「これで家族か」
「組員だ」
「違うのか」
「家族になりたいなら、後でお前が決めろ」
「家族って、向こうが決めるものじゃないのか」
「両方だ」
「片方がやめたら?」
「組員は退職できる。家族をやめる方法は、俺にもまだ分からない」
通知を折り、上着の内側へしまう。
「じゃあ、まだ決めない」
「それでいい」
ジャコモは通知をしまい、誰にも促されず門の中へ戻った。
三か月前と同じ門だったが、今度はパンを隠していなかった。
【人物紹介】
・ジャコモ
南埠頭の伝令だった十七歳。三つの組織を、荷を盗んで追い出されている。
口が達者で、空腹には弱い。
ベランディでも初日からパンを持ち出した。
規則を読む時は、そこに逃げ道があるかも確かめる少年。
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