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灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
第2部 2章 灰青を預かる者たち

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第58話 光らない石の値段



光らない石を買ってほしいと言ってきた鉱夫は、荷車を三台連ねて港へ来た。


俺は門の前で、三台あるのを二度数えた。


値打ちのない石を運ぶには、ずいぶん重そうな列だった。


荷台の布をめくる。


くすんだ灰青色の塊が積まれている。


上質な魔晶石なら、薄い端へ灯りを当てると内部の筋が青く浮く。


荷台の石は、どれも光を通さない。


煤を固めたように黒い。


「捨て石だ」


鉱夫のジョルジョが言った。


「選鉱場の裏が埋まった。雨が降ると川へ落ちる。魚が死ぬって下の村から怒鳴り込まれた」


「石で魚が死ぬの?」


マルタが聞く。


エヴァは濡れた石を一つ取り、表面の黒い筋を削った。


硫黄の匂いがする。


「石そのものより、一緒に付いている鉱物ね。水へ溶けて酸を作る。量が増えれば魚の鰓を傷める」


「役に立たない上に、捨てると害になる」


「だから一樽一リラでいい」


一樽一リラと言う声は、安売りを喜んでいるようには聞こえなかった。


ジョルジョは金より、山の裏から石がなくなる方を望んでいるように見えた。


ルカはすぐに頷かなかった。


安く買える物ほど、後で高くつく。


掘り出す場所。

黒い付着物の量。

濡れた時の保管。

港までの運賃。

川へ流れた分の清掃費。


「一リラで買えば、山側は捨て石を全部こちらへ送ります」


「ありがたいだろ」


「使い道がなければ、港に新しい捨て場ができるだけです」


試験のため、一樽だけ下ろした。


最初は保温板と同じ方法を試す。


薄く切り、銅板へ挟む。


熱した鍋へ巻く。


三十分後、板のない鍋と同じ温度まで下がった。


光らない石は、熱を戻さない。


次に、警報灯の振動板へ付ける。


鐘の音が小さくなった。


「鈍いだけだ」


ニコは外そうとした。


エヴァが止める。


「もう一度、同じ強さで叩いて」


鐘を鳴らす。


石を付けた台の横に、水を張った皿を置く。


通常の石では水面に細かな波が立つ。


黒い石では、ほとんど動かない。


「振動を吸ってる?」


俺は台へ手を置いた。


「消してはいない」


エヴァは石の表面へ温度紙を貼った。


鐘を百回鳴らす。


紙の色が、わずかに変わった。


「内部の筋が細かく枝分かれしている。

揺れが一つの方向へ抜けず、何度も折れて、ごく弱い熱に変わる」


「熱になるなら、保温にも使えるだろ」


「量が違う。鍋を温めるほどではない。

手で感じられない揺れを、手で感じられない熱へ散らしているだけ」


要するに、揺れは消えず、熱に変わったらしい。


その熱は、掌では分からない。


分からない働きを見つけたと言われて、俺は一度分からなくなった。


だが、水皿の波が減ったことだけは見えた。その小さな働きなら、道具に使える。


荷車の車軸と荷台の間へ、指二本分の板を入れた。


空の荷車で石畳を一周する。


違いは分からない。


水樽を八個積む。


軋みが少し減った。


次に、同じ店から仕入れた陶器を二台へ積んだ。


一台は通常。

一台は黒い石の板付き。


港の最も荒れた道を三往復する。


通常の荷車は、皿が十二枚割れた。


板付きは、四枚。


「売れる」


マルタが言った。


「まだです」


ルカとエヴァが同時に答えた。


「あなたたち、仲がよくなったわね」


「数字が一致しただけです」


「性格は一致していません」


次の試験で、石が割れた。


大きな穴へ片輪が落ちた瞬間、乾いた音がした。


板が中央から二つに折れ、破片が車軸へ噛む。


荷車が傾いた。


俺とブルーノで荷を支え、樽を下ろした。


樽の重さは、説明よりよく分かった。


一歩遅ければ、横にいたニコの足を車輪が踏んでいた。


「柔らかくないから、大きな衝撃は受けきれない」


エヴァが断面を見る。


「細い揺れを散らす。でも一度に大きな力が来ると、枝分かれした筋が全部、亀裂になる」


「じゃあ、荷台全体には使えない」


「使わない。車軸の四隅へ小さく入れる。大きな揺れは革とばね鋼で受ける」


ニコは、その場で設計を変えた。


石を厚くするのではない。


小さく分け、割れても車軸へ噛まない木箱に入れる。

一つが割れても、残り三つが働く。

防水のため油布で包む。


ただし完全に密閉すると、散らした熱がこもり、石が脆くなる。


だから、底へ小さな通気穴を付けるらしい。


俺は木箱を裏返し、通気穴を覗いた。


「穴から水が入る」


「下向きにする」


「川を渡る時は?」


「外して蓋をする」


「面倒だな」


「面倒でない道具は、だいたい壊れ方を隠してる」


ニコは木箱の側面へ交換線を刻んだ。


そこまで磨り減ったら、板を替える。


川を渡る前に蓋をし、交換線を越えれば取り替える。

売るには面倒な注意書きが増えた。


それでも、石畳を三往復した荷台には陶器が八枚多く残った。



もう一つ、売る前に解かなければならない問題があった。


黒い石へ付いた硫黄分である。


山で雨に濡れれば川を傷める。


港で洗えば、今度は港の排水へ同じ物を流す。


「水を替えながら洗えば薄まる」


バッシの若い職人が言った。


「見えなくなるだけで、なくならない」


エヴァは洗い桶の水へ、青い花から作った試験紙を浸した。


紙が赤紫へ変わる。


魚を入れる必要はなかった。


紙があれだけ嫌な色になれば、この水をそのまま流せないことは俺にも分かる。


洗い場を三槽に分けた。


最初に泥を落とし、次で石灰を混ぜ、最後に試験紙を浸す。


色が戻らなければ、水を最初の槽へ返す。


「石灰を入れすぎたら?」


「逆に水が強くなる」


「ちょうど、をどう決める」


「色で」


「花の色が季節で違う」


ニコの指摘で、別の花と銅片も併用した。


洗った水へは、まず水草を移した。


次に貝、最後に小魚を短時間だけ泳がせた。


翌朝まで異常がないことを確かめてから、港の排水基準を扱う役人へ見せた。


役人は、灰冠の工房だから許可したと言われないよう、

市の染色工房にも同じ槽を使わせる条件を出した。


「うちが作った洗い場を、他所へ貸す?」


「川へ流す水は、うちだけの物じゃない」


ルカは使用料を取ることにした。


石灰代と清掃人の給金だけ。


利益は乗せない。


代わりに、槽へ流した薬品の種類と量を記録させる。


染料の色が混じれば試験紙は読みにくくなる。



染色工房から紫の水が入った日、試験紙は読めなくなった。


技術を貸せば、こちらの知らない失敗も槽へ来る。


槽の底へ残った黒い泥は、乾燥させて蓋付きの樽へ入れた。


まだ使い道はない。


役に立たない物を役立てた後に、また別の捨て物が生まれた。


その樽には、値段ではなく日付と量だけを書いた。


次の発見があるまで、価値がないふりをして川へ捨てないためだった。


問題は値段だった。


ジョルジョは一樽一リラでいいと言う。


山には捨て石が二百樽以上ある。


一リラで仕入れ、板にすれば、一樽から百リラを超える商品になる。


加工費と運賃を引いても大きな利益が出る。


「一樽四リラにします」


ルカが言った。


「俺は一リラでいいって」


「三か月の試験買いです。使える石の割合が分かってから再計算する。

製品になった分は、売上の一部を採掘班へ戻す」


「なぜ高く買う」


「安く買ってはいません。四リラでも、使い道が分かった後の値段としては安い」


「俺たちは、捨ててたんだぞ」


「それを理由に一リラで始めると、売れた後に揉めます。

こちらは秘密にして儲けたと言われる。あなた方は、価値を知らずに売ったと後悔する」


「後悔するかは、俺が決める」


ジョルジョは荷車の石を拳で叩いた。


「こいつを掘った日は、給金が出なかった」


役に立つ筋がない石は、採掘量へ数えられない。


坑道から運び出しても、選鉱場で捨てられる。


その日一日、何も掘らなかったのと同じ扱いだった。


「弟は、この山で腰を壊した。捨て石ばかり出た月だ。

補償の計算でも、採掘量が少ないから働いていないと言われた」


「労働者基金の記録は?」


ルカが聞く。


「坑道を辞めた後だ。基金ができる前のことだよ」


ジョルジョは安く売りたいのではなかった。


俺はそこで、四リラを嫌がる理由をやっとつかんだ。


弟が腰を壊した月にも、石には値があったことになる。


だが、その時に払われなかった給金は、今さら荷車へ積んで戻せない。


「高く買われたら、腹が立つんだ」


ジョルジョは言った。


「役に立たないから払わないと言った奴らが、今度は役に立つから笑えと言う。

俺たちは、どっちの時も石の値段に合わせて顔を変えろってことになる」


エヴァは黒い石を置いた。


「笑わなくていい」


「買う側は、そう言える」


「私も、最初は鈍いだけだと思った。役に立たないと決めた側よ」


「学者が間違えたって?」


「ええ。だから、試験記録に最初の判断も残す。」


ジョルジョは彼女を見た。


「弟の腰は、石が売れたら治るか」


「治らない」


「なら、何が返る」


「次に同じ石を掘った人の給金。川の清掃費。

あなたの弟へ、遡って払えるかは会計と基金へ相談する」


「約束しないのか」


「できない約束で、いまだけ納得させたくない」


エヴァの言葉の後に、荷車の軸が軋んだ。


ジョルジョは一リラと言った時より、長く考えた。


「俺が一人で売っていい石じゃないってことか」


「はい。だから、採掘班全員へ条件を見せて、投票してください」


ジョルジョ一人の署名では買わない。


捨て石を掘り、運び、川の苦情を受けてきた班の共有物だからだ。


「あんたら、マフィアだろ」


「会計係です、ファミリーの」


「もっと悪いな」


ジョルジョは契約案を持ち帰った。


一週間後、採掘班二十七人のうち二十四人が賛成した。


三人は反対。


一人は、使い道を山側だけで独占すべきだと言った。

一人は、川の清掃を先にしろと言った。

一人は、ベランディを信用しなかった。


反対理由も議事録へ付けた。


川の清掃費は、最初の売上から先に出すと条件を加えた。


独占はしない。

信用も、投票で作れない。


それでも契約は成立した。


後に第十型と呼ばれる防振板は、その日にはまだ『黒板試作四号』だった。


契約の後、ジョルジョは荷車から一番黒い石を一つ下ろした。


「これは弟が掘った場所の石だ」


見本として工房へ置き、売値の四リラは受け取らなかった。


ただし帳簿には、無償ではなく、代金受取保留と書かせた。


値段の付かなかった石に、もう一度ただ働きをさせたくないのだろう。


そういうことなら、俺にも分かった。


【人物紹介】

・ジョルジョ

光らない魔晶石を、荷車三台で港へ運んできた鉱夫。

捨て石を掘った日は、給金に数えてもらえなかった。弟はその山で腰を壊している。

石に値が付いたからといって、すぐには喜べない。


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