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灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
4章 灰の戴冠

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第23話 指輪は重すぎる



葬儀の翌日、隠れ家の地下に幹部会が置かれた。


幹部会と呼ぶには、人数が少なすぎる。


長机の上には、地図も銀の燭台もない。


欠けた皿に乗った黒パン、冷めた茶、煤で汚れた名簿、ルカが抱えて逃げた帳簿二冊。


壁の向こうでは、重傷者が眠れずに呻いている。


父の執務室とは何もかも違う。


それでも、全員が俺の前に座った。


マルコ。

ルカ。

ブルーノ。

荷役頭の老いたカルメロ。

診療所側からリーナ。


それからテオ。


テオは護衛見習いで、本来なら幹部会に座る立場ではない。


だが、昨日から彼は水と伝言を運び、上の部屋で泣く子供を黙ってあやし、俺が立ち上がりかけるたび視線で止めた。


今ここに必要なのは、肩書きより働く手だった。


「若様」


最初に口を開いたのはブルーノだった。


彼は礼服ではなく、血と泥を落としきれない上着のままだった。


片耳の欠けた影が、ランプの光で濃く見える。


「旦那様の仇を討つため、仮でも頭が要ります」


机の端には、南埠頭の地図が広げられていた。


父の執務室から持ち出せたものではない。


テオとカルメロが記憶で描いた粗い地図だ。


線は歪み、倉庫番号のいくつかは書き直されている。


第七倉庫だけは、誰も迷わず空白にした。


父が五歳の俺に隠した場所。


今は、全員が見ているのにまだ空白だった。


その空白が、俺たちの無力そのものに見えた。


頭。


ドンとは言わない。


「若様が立つなら、俺は従う。立たねえなら、俺が動く」


それは脅しだ。

同時に、忠義でもあった。


ブルーノは父を愛していた。弟の名を消されなかった恩を、父に返し続けてきた。


今、その父が死んだ。


彼の中で、復讐は愛と同じ場所にある。


「動ける人数は」


俺はルカへ聞いた。


ブルーノの顔が歪む。


「また数ですか」


「はい」


俺は父の指輪を机に置いた。


銀の輪が、地下の粗い板に小さな音を立てる。


「数えます」


ルカが帳簿を開く。


「動ける者は、昨日の報告から二名減りました。重傷化した者が一名。

所在確認のため外へ出たまま戻らない者が一名」


「戻らない?」


「企業警備の検問に止められた可能性があります。確認中です」


確認中。

また、生でも死でもない言葉が増える。


「現金は」


「表口座は凍結。手元現金は、節約して四日。

母上の診療所に残った薬を回収できれば、重傷者の処置は少し伸ばせます。

ただし、建物に入る許可が下りません」


「許可?」


ブルーノが吐き捨てる。


「俺らの診療所だ」


「紙の上では、捜査対象の現場です」


ルカは淡々と言った。


淡々と言えるよう、声を殺している。


「共同炊事場は」


「豆と粉が二日分。ピエトロの酒場が鍋を出すと言っていますが、彼の店も仕入れが止まっています。

給仕二人の給金を先に払わせたばかりです。無理をさせれば、また同じことが起きる」


彼が潰れれば、昨日の未亡人たちの昼が薄くなる。


「遺族は」


リーナが紙を広げた。


母の診療所で使っていた患者控えの写しだ。彼女の字は少し丸く、ところどころ震えている。


「主な稼ぎ手を失った家が四十に増えました。確認が進めば、まだ増えます。

孤児は二十一。赤ん坊が三。薬が必要な老人が十二」


彼女は顔を上げた。


「それと、カルロのように働けないけど死んでいない人がいます。

そういう人は、弔慰金の表に入らないと、奥様なら怒ります」


「入れます」


俺はすぐ言った。


ブルーノが低く唸る。


「若様。飯の話をしている間に、相手は次の紙を出す。港を取られますぜ」


「もう取られています」


自分の声が冷えていた。


「南埠頭の荷、名簿、口座、診療所の扉。俺たちは昨日、一度に失った」


「なら取り返す」


「誰で」


ブルーノは黙った。


俺は彼を見る。


「あなたの怒りは間違っていない。父を殺されて、黙っていられる方がおかしい。

俺だって、相手に顔があれば、その顔だけを憎めたら、どれほど楽かと思う」


父の死を考えると、胸の中に熱い黒いものが湧く。


母の白い外套が消えたことを考えると、息ができなくなる。


復讐という言葉は、その熱に形をくれる。


だから怖い。


「でも、顔がない。カヴァッロと呼ばれる何かがあるだけです。

企業、官僚、警備、密輸屋、法律顧問。

そこへ二十人で突っ込めば、相手は俺たちを犯罪者として片づけ、残った未亡人の家賃まで止める」


「それでも」


「それでも、という言葉で払うのは誰です」


ブルーノの拳が机を叩いた。


茶碗が跳ねる。


テオが動きかけ、マルコが視線で止めた。


「旦那様なら、血を選んだ」


ブルーノが言った。


胸が痛む。


「父は血も選んだ」


俺は言った。


「その結果、救われた人も、怯えた人もいる。カルロの包帯も残った。

母さんはそれを許していなかった。一緒に生きていただけです」


地下の空気が揺れる。


父を否定したと受け取る者もいるだろう。


それでも、言わなければならない。


「俺は父の代わりを演じられない」


指輪を見る。


「最初の命令を出します」


誰も止めなかった。


マルコがわずかに姿勢を正す。


ルカがペンを持つ。


ブルーノは睨んだまま。


「第一。復讐のための独断行動を禁じます。敵の確認なしに動いた者は、身内でも処分する」


ブルーノの目が鋭くなる。


「第二。手元資金は、遺族扶助、重傷者の薬、共同炊事場の食材を最優先にする。

幹部の取り分は凍結。俺の取り分もない」


「若様の生活は」


ルカが言う。


「黒パンで足りる」


「足りません」


母なら叱る声で、リーナが言った。


「では、倒れない分だけ食べます」


リーナは頷いた。


「第三。生活費が止まる家を、名前で読む。

死者、行方不明、重傷、働けない者、子供。数字だけにしない」


ルカが書く手を止めた。


「奥様のやり方ですね」


「父の帳簿と、母の台帳の両方です」


まだ母の台帳は見つかっていない。


でも、母なら必ず残している。


そう思わなければ、立っていられなかった。


「第四の前に」


ルカが遠慮がちに言った。


「事業の優先も決める必要があります」


俺は頷いた。


「残っている事業は」


「ピエトロの酒場、共同炊事場、船員宿の一部、合法倉庫会社の帳簿上の権利。

ただし倉庫は営業停止に近い。賭場と貸付は、今動かせば検挙の口実になります」


ブルーノが舌打ちした。


「金になるものほど止まる」


「そうです」


ルカは認めた。


「だから、金にならないものから守るしかありません。

炊事場と診療所の代替。これを失えば、住民の支持ではなく、住民の明日が消えます」


住民の支持。

その言葉に逃げれば、政治になる。


住民の明日。

その言葉なら、少なくとも台所の匂いが残る。


「第四。診療所の患者と子供を盾にしない。情報を取るためでも、借金を回収するためでも」


ブルーノが目を逸らした。


カルロとリーナの顔が、全員の間に置かれる。


「以上です」


声が終わると、地下の静けさが戻った。


誰も拍手しない。

当然だ。


これは勝利の命令ではない。


何かを我慢する命令だ。


我慢には、甘さではなく費用がいる。


復讐しないことで、父の部下の怒りは俺へ向く。


外からは弱った家に見える。敵はさらに押してくるかもしれない。


それでも、今、俺が最初に選べる血は、死者のための血ではなく、生きている者の口へ回す金だった。


ブルーノがゆっくり立ち上がった。


彼は俺の前へ来る。


地下の全員が身構えた。


ブルーノは膝をついた。

片膝だけ。


父にする礼より浅い。


「命令なら従います、若様」


その声は低く、硬かった。


そして、俺にだけ聞こえるほど小さく続けた。


「だが、若様が腰抜けなら、俺が血を選びます」


膝をついた忠義の中に、反逆の種がある。


俺はそれを聞かなかったふりにしなかった。


「その時は、あなたも処分します」


声は震えた。


ブルーノの目がわずかに見開かれる。


彼は笑わなかった。


「覚えておきます」


マルコが初めて、短く息を吐いた。



幹部会は終わった。


父の指輪は、最後まで机の上にあった。


俺はそれを指にはめようとしなかった。


まだ大きすぎる。


そして、はめられたとしても、父と同じ手になるわけではない。


俺は指輪を布に包み、胸の内側へしまった。


重さは少しも減らなかった。


最初の命令は、勝つことではなく、残った人間をこれ以上減らさないこと。

食事、診療、補償、報復の停止。

父の執務室から持ち出した紙へ、順番に書き足していく。


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