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灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
4章 灰の戴冠

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第22話 喪服と花



葬儀は密やかだった。


密やかにせざるを得なかった。


教会の大扉を開け、港の全員に鐘を鳴らし、

父の棺を街の中央へ置けば、ベランディの威信はまだ残っていると示せる。


ブルーノはそれを望んだ。古参の何人かも同じ顔をした。


だが、俺たちに大きな葬儀を守る人手はなかった。


中央捜査局は屋敷を封鎖し、港湾庁は南埠頭の立入証を止め、

企業警備は「治安維持」の名で通りを見ていた。


通りに出られない未亡人たちがいる。

怪我で歩けない男がいる。


棺の列を作るために、その家のパンを減らすことはできなかった。


だから父は、教会裏の小さな礼拝堂に置かれた。


ヴィットリオ・ベランディ。


俺の父。

ドン。

犯罪者。

パンを船にして母に叱られた人。

俺に、子供は困っていいと言った人。

人を恐れさせ、傷つけ、その金で孤児の靴を買った人。


棺の前に立つと、どの言葉も一つだけでは足りなかった。


「若様」


ブルーノの声が背後でした。


「外に」


彼が言い終える前に、礼拝堂の空気が変わった。


黒い喪服の少女が入ってきた。


いや、少女というには背筋が大人びている。


ソフィア・オルシーニ。


金茶の髪は黒いヴェールの下に隠されていた。


手袋も黒。胸には派手な宝石はない。ただ、白い小さな花を一輪だけ持っている。


彼女の後ろには護衛が二人。


さらに離れて、オルシーニ家の紋章を隠した馬車が見えた。


隠しても、皆にはわかる。


劇場街の匂いは、礼拝堂の湿った石の匂いの中で浮いていた。


ブルーノが前へ出た。


「帰れ」


低い声だった。


父の棺の前でなければ、もっと荒い言葉になっていただろう。


ソフィアは彼を見た。


怯えなかった。


だが、平気な顔もしなかった。


「弔問に来ました」


彼女の手には、花のほかに小さな封筒があった。


黒い喪服の袖で半分隠している。


俺はそれを見た瞬間、胸の奥で二つの感情がぶつかるのを感じた。


助けが来た。

敵が来た。


どちらも間違っていない。


だから、体が動かなかった。


「どの口で」


「私の口で」


彼女の声は静かだった。


言葉で立つ女の声。


「オルシーニの名では、受け取っていただけないでしょう。だから、ソフィアとして」


その名が胸に刺さる。


ソフィではない。


ソフィア。


五歳の鐘楼で干し杏を分けた子ではなく、劇場街の令嬢。


けれど、その二人を完全に分けることもできない。


「今、それを言うのか」


俺は自分の声が冷たいことに気づいた。


「父が死んだ場所も、母が消えた場所も、まだ血と薬の匂いが残っている」


「知っています」


「知っている?」


ブルーノが笑った。


笑いではない。


噛みつく前の音だ。


「オルシーニは知らねえ。

南埠頭の夜番が何人戻らなかったか、パオロの双子が今朝何を食べたか、

ロザの姪が誰にパンをもらうか。知っていたら、その服でここに立てるはずがねえ」


ソフィアは唇を結んだ。


反論しなかった。


その沈黙で、彼女が何かを知っていて、何かを知らないことが伝わった。


「私の父は、この襲撃を命じていません」


彼女は俺を見て言った。


「証拠があります。巡回表の変更に関わった法律顧問、企業警備の認可申請、ラゴ商会の保険書類。

全部ではありません。でも、オルシーニが主犯でないことは示せます」


証拠。


その言葉に、喉が動いた。


信じたい。

いや、信じたかった。


父が言った通り、オルシーニだけを疑えば見えない相手を逃がす。


ソフィアの封筒は、これまでも名簿から消える人を戻す助けになった。


でも、今ここにいるのは俺だけではない。


父の棺。

ブルーノ。

マルコ。

リーナ。

ベンノの子。

葬儀の外で待つ未亡人たち。


彼らの前で、敵の娘から証拠を受け取れば、俺は何を示すことになる。


父の死より先にオルシーニの潔白を心配した若造。


正しいかどうかとは別に、受け取れる場と時がある。


今は、その時ではない。


「オルシーニは利益を得た」


俺は言った。


ソフィアの目が揺れる。


「南埠頭の保険枠が空いた。劇場街の金融が、ベランディ系食堂の借換えを断った。

君の家の弁護士は、凍結口座の調査に助言している」


「父の判断です」


「君は止めたのか」


彼女はすぐ答えなかった。


その沈黙で、足りた。


「私は、食堂会社の借換え停止には反対しました」


ソフィアは小さく言った。


「でも、父は止めなかった。オルシーニの銀行は、空いた担保を取りに行った。

父は虐殺を好みません。けれど、あなたたちが倒れたあとに残る椅子を見ないふりもしない」


言い訳ではなかった。


自分の家の利得を、彼女は隠さなかった。


それが誠実であるほど、受け取るには痛すぎた。


「なら、なおさら今は無理だ」


俺は言った。


「君が嘘をついていないことは、たぶんわかる。

でも、君の家が利益を得たことも本当だ。

ここにいる人たちは、その金で減った豆粥を食べている」


止められなかったのか。

止めなかったのか。

一部は止めたのか。


全部はわからない。

でも、結果は出ている。


母の診療所へ薬が届かない。

共同炊事場の豆袋が減る。

弔慰金の袋が足りない。


その不足の向こうで、オルシーニ家は空いた金融枠に手を伸ばす。


首謀でないことと、潔白であることは違う。


「レオーネ」


彼女は初めて、昔の呼び方に近い声を出した。


「私は、あなたの父上を殺した者を守りに来たのではない」


「わかっている」


本当に、少しはわかっていた。


ソフィアは父の道具だけではない。


彼女には彼女の情報線があり、彼女なりの危険を冒してここに来た。


黒い喪服は演技でもあり、礼でもある。


危険も礼も、俺には見えていた。


だから余計に、受け取れなかった。


「今、君を信じる余裕がない」


言葉にした瞬間、胸の奥が裂けた。


「信じたいかどうかではない。

俺が信じると言えば、ここにいる人たちは自分の怒りを置く場所を失う。

怒りを全部正しいとは言わない。

でも、今それを奪えば、俺は父の棺の前でまた誰かを黙らせることになる」


礼拝堂の外には、パオロの妻がいた。


黒い布を袖に縫いつけ、双子の手を握っている。


彼女はソフィアを見ていないふりをしていた。


見れば、怒りをどう置けばいいかわからなくなるからだ。


ベンノの息子もいた。


彼はまだ父親が戻ると思っている。


その子の前で、俺がソフィアの封筒に手を伸ばす。


その絵だけで、内部にひびが入る。


ソフィアは紙の封筒を持っていた。


黒い手袋の指が、端を握りしめている。


五歳の時、彼女は干し杏の種を包んだ紙を差し出した。


「置いていけ」


ブルーノが言った。


「こちらで読む」


ソフィアは彼を見ず、俺だけを見た。


「置けば、出所が潰れます。今のあなたたちの中で、紙を守れる人が何人いますか」


痛いところを突かれた。


彼女は正しい。


ルカの会計室は封鎖され、通信は切られ、内部にも疑いが走っている。


証拠を置けば、証拠と同時にそれをくれた人間が死ぬかもしれない。


「あなたを責めたい人に、私を責めさせてもいい」


ソフィアは言った。


「でも、封筒の中にいる人は別です。

港湾庁の書記、警備会社の下働き、私の家の帳場。

彼らは正義のためだけで動いたわけではない。

恐れも、金も、家族もある。それでも、殺しに加担したくないと紙を出した」


彼女は一息置く。


「彼らを守れないなら、今渡すことはできません」


そこまで考えて来たのだ。


そのことが、腹立たしいほど彼女らしかった。


ブルーノの拳が震える。


マルコが一歩前へ出た。


俺は手を上げた。


「帰ってくれ」


ソフィアの顔が、ほんの少し白くなった。


「レオーネ」


「今は、君の紙を受け取れない」


嘘はついていない。

全部でもない。


本当は、彼女にいてほしかった。


五歳の鐘楼みたいに、港はうるさいが嘘は少ないと言ってほしかった。


ソフィアは封筒を胸元へ戻した。


「わかりました」


彼女は白い花を棺の前へ置いた。


ブルーノが動きかけたが、俺が目で止めた。


父は敵の花を喜ばないかもしれない。


だが、父なら見たはずだ。


花を置く女の手と、その家が得た利益の両方を。


「正確に敵になって」


ソフィアは小さく言った。


劇場裏の庭園で聞いた言葉。


今は返す余裕がなかった。


彼女は礼をし、背を向けた。


黒い喪服が礼拝堂の扉の向こうへ消える。


その瞬間、俺は五歳のソフィが二度と同じ場所へ戻らないことを知った。


棺の前に、白い花だけが残った。


俺はそれを退けなかった。


受け取ったわけでもなかった。


ただ、父の棺の横で、受け取れないものにも重さがあると知った。


ソフィアが、父の棺へ白い花を置いた。

封筒は持ち帰られ、花だけが残る。レオーネは、それを退けなかった。


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