↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
2章 父の夜の顔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/100

第13話 灰青色の失敗品



晩夏の午後、父の執務室に珍しい客が来た。


退役した軍研究所の技師と、落ちぶれた貴族の代理人。


二人とも服は上等だったが、袖口に余裕のなさが出ていた。


技師は鞄を抱えすぎて肩が傾き、代理人は笑うたびに指輪を見せた。


売りたい者の笑顔だ。


父は俺を同席させた。


「見るだけだ」


会計、法、沈黙、退路。


後継教育が始まってから、父は少しずつ俺を部屋の隅に置くようになった。


発言を許される時と、許されない時がある。今日は見るだけ。


俺は頷き、壁際の椅子に座った。


マルコは扉の近く。


ルカは机の横で書類を広げている。


そして、なぜかニコ・バルディが呼ばれていた。


九年前より少し背が伸び、正式な時計技師になった彼。


相変わらず道具鞄に振り回されているように見えた。


だが指先は落ち着いている。俺を見ると、緊張した顔で小さく会釈した。


「忘れていませんよ」


席に着く前、彼は小声で言った。


「何を」


「形を揃えたら、です」


俺は一瞬、六歳の工房へ戻った。


灰青色の小石が息をするように光り、火花が一粒跳ねた日。ニコの指が赤くなり、母に叱られた日。


あれから何度か魔晶石を見る機会はあった。


貴族の置物。


劇場の舞台装置。


金持ちが客に見せる珍品。


どれも高価で、扱いにくく、同じ働きをしない。


今日、机に置かれた箱の中身も、見た目はそれらと変わらなかった。


灰青色の破片。


曇った海を砕いたような色。


大きさも形もばらばらで、布の上に転がる姿は宝石というより、失敗したガラス屑に近い。


「軍では不要と判断された品です」


退役技師が言った。


「不要品を高く売るのか」


父の声に、代理人の笑顔が薄くなる。


「不要というより、民間利用向きでして」


「軍が匙を投げた物を、港の暖炉に飾れと?」


父は箱を見た。


触らない。


「暴れる石は嫌いだ」


技師が咳払いをする。


「暴れる、という表現は不正確です。反応条件が個体ごとに異なるだけで」


「客に同じ説明をして、納得したか」


技師は黙った。


ルカが書類をめくる。


「購入額に対し、現状の転売価値は三分の一以下。

舞台装置用としても事故歴があるため、保険料が高い」


「つまり、失敗品だ」


父が言う。


代理人は慌てた。


「しかし、希少です。灰青の純度も高い。王都の好事家なら」


「好事家は好奇心を買う。俺は使い道を買う」


父の言葉で、部屋が静かになる。


使い道。


俺の中で、前世の知識がまた動いた。


物を先に見て、何ができるか考えるのではない。


先に困りごとを見る。


俺は発明家ではない。


魔晶石の中身も、反応の理屈も知らない。


でも、使い道を先に決めるという考え方だけは知っている。


口を開きかけて、閉じた。


今日は見るだけ。


マルコがこちらを見ている。


黙り方の稽古を思い出す。


父が俺を見た。


「言え」


俺はゆっくり息を吐く。


「石から考えると、たぶん失敗する」


退役技師の眉が跳ねた。


十五歳の子供に言われる筋合いはない、という顔だ。もっともだと思う。


「若様、魔晶石は」


「専門の理屈はわかりません」


俺は先に認めた。


「俺は石を作れないし、測れない。ニコの方がずっと知っている」


ニコが慌てて首を振りかけ、マルコの視線で止まる。


俺は続けた。


「でも、使う側は同じ働きがほしい。昨日温まったものが今日燃えるなら、道具にならない。

だから、まず用途を狭くする。

温めるだけ。光るだけ。音を遮るだけ。そこへ合う欠片を選んで、形や厚さを揃えて、失敗を記録する」


言いながら、自分の言葉の危うさもわかっていた。


簡単に聞こえる。


実際は簡単ではない。


石を削るだけで暴れるかもしれない。

揃えた形が揃った働きを生む保証はない。

記録するには金と時間がいる。

失敗すれば誰かが火傷をする。


だから、俺一人の知識ではない。


「ニコみたいな職人と、鉱物を調べる専門家が必要です。

俺は、用途を先に決めた方がいいと思うだけです」


部屋は静かだった。


退役技師は不満そうに唇を結んでいる。


だがニコは、道具鞄の取っ手を握りしめていた。


「坊ちゃん」


彼の声は震えている。


「覚えていてくださったんですね」


「忘れたのは俺じゃなく、ニコの方かと思ってた」


「忘れませんよ。時計は、一つの歯車だけでは動きませんから」


父が箱の破片を見た。


「生活の道具か」


「できれば」


俺は言った。


「診療所で使う温める板。

冬の共同炊事場で薬湯を冷まさない箱。

坑道で、危ない時だけ光る灯り。

赤ん坊の部屋を静かにする遮音箱」


言葉にすると、胸が少し熱くなった。


役に立てるかもしれない。


また、その感覚が来る。


危ない。


役に立つことを、愛される条件にしてはいけない。


でも、役に立つこと自体が悪いわけではない。


誰かの冷えた手を温めるなら。


母の診療所で、痛む膝を少し楽にできるなら。


父のように血で守る以外の道があるなら。


俺はその道を欲しいと思った。


退役技師が低く言う。


「同じ構造は兵にも使えます」


部屋の温度が下がった。


彼は売るために言ったのだろう。


生活用品より、軍の金の方が大きい。魔晶石が熱や圧力へ変わるなら、兵器に使いたい人間はいくらでもいる。


父の目が細くなる。


「その話はするな」


「しかし、旦那様。現実問題として」


「するなと言った」


父の声は怒鳴っていない。


でも代理人が椅子の上で小さくなった。


俺は父を見た。


父は犯罪組織のドンだ。


人を傷つけてきた。


その父が、兵器商売を拒んでいる。


善人だからではない。


港で兵器が広がれば、最初に焼かれるのは自分の街だと知っているからかもしれない。

王都に目をつけられれば、ベランディ家が潰されるからかもしれない。

母の診療所へ運ばれる傷が増えるのを嫌うからかもしれない。


理由はひとつではない。


だからこそ、止めた事実だけを父の赦しにしてはいけない。


けれど、罪のある人間が常に最悪だけを選ぶわけでもない。


父は俺へ向き直った。


「レオーネ」


「はい」


「お前が今言った道は、綺麗に聞こえる」


「……はい」


「だが、温める板を作れるなら、焼く板も作れる。光る灯りを作れるなら、目を潰す光も作れる。音を遮れるなら、助けを呼ぶ声も消せる」


ひとつずつ、生活用途の影を置かれる。


俺の興奮が冷えていく。


「父さんは、禁じる」


「魔晶石を?」


「兵器として売ることを。少なくとも、この家の名前で始めることは許さない」


「でも、他の誰かが」


「するだろう」


父は即答した。


「俺たちがしなければ世界から消える、という考えは傲慢だ。だが、誰かがするから俺たちもする、という考えはただの逃げだ」


母の言葉に似ていた。


傷を理由に他人を傷つけたら、それは責任になる。


技術も同じなのだ。


使われ方を完全には支配できない。


ルカが静かに書類を閉じた。


「購入する場合、金額は下げられます。失敗品としてなら」


代理人が抗議しかける。


父は片手を上げて止めた。


「買うとは言っていない」


ニコの肩が落ちる。


俺も少し落ちた。


父はそれを見て、苦く笑う。


「今は、だ。家には順番がある」


「順番」


「祭りの負傷者の補償が先だ。港湾税への対応が先だ。第七倉庫の空白もある。夢は、飯と薬の後にしろ」


正しい。


正しいが、悔しい。


俺はまだ、役に立てる可能性にしがみついている。


父に止められると、愛されるための道を閉じられたように感じてしまう。


でも、それを理由に父を責めるなら、俺の責任になる。


商談は、破片の一部だけを低額で預かる形に落ち着いた。


購入ではなく、試料としての保管。


処分費用をこちらが引き受ける代わりに、所有権は保留。


ルカが言葉を選び、父が余計な約束を削った。


実用的な手順は何も進んでいない。


ただ、箱の中の灰青色は、もう貴族の玩具だけではなくなり、危険で、興味深い問いになった。


夕方、ニコが工房へ試料を運ぶのを、俺は少しだけ手伝った。


マルコが許した範囲で、箱の片側を支えるだけだ。


「坊ちゃん」


ニコが小声で言う。


「温める板、本当にできると思いますか」


「わからない」


今度は、知らないと言えた。


「でも、できるかどうかを調べる順番は作れると思う」


ニコは嬉しそうに、怖そうに笑った。


「好奇心が危険より少し重くなりそうです」


「母さんに怒られない程度にしてくれ」


「それが一番難しい」


工房の窓から、診療所の灯りが見えた。


母は今日も遅くまで患者を診ている。


冬になれば、あの待合室は冷える。

膝の痛む老人は手を擦り、赤ん坊を抱く女は布を何枚も重ねる。


俺は作業台の端に置かれたノートを開いた。


最初のページに、ゆっくり書く。


人を燃やす石ではなく、冷えた手を温める石なら。


書き終えてから、もう一行足した。


ただし、温める手の裏で、誰かの声を消さないこと。


灰青色の破片は、布の中で眠っている。


きれいだとは、もう思わなかった。


まだ役に立たない。


だからこそ、何に役立てるかを先に決めなければならないのだと思った。


【用語紹介】

・魔晶石

発光や発熱などの現象を起こす、灰青色の鉱物。

明かりを当てると、内部に細い青の筋が浮かぶ。

個体ごとに同じ働きをせず、危険。


--

第2章「父の夜の顔」は、ここまで。

評価、コメントはページ下部よりお気軽に。

作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。