第三幕:価値を決める者たち
翌日。
俺の“雑草スープ”は、村でちょっとした話題になっていた。
「昨日の草のやつ、まだあるか?」
「腹持ちが妙に良かったぞ」
上々だ。
だが――
「……調子に乗るなよ、俺」
こういうときほど、面倒が来る。
経験則だ。
「――あんたが“草を売ってる馬鹿”?」
来た。
しかも、分かりやすく。
振り返ると、ひとりの少女が立っていた。
年は十代後半。
栗色の髪を後ろで束ね、鋭い目をしている。
そして腰には、小さな革のポーチがいくつも。
「薬師、か」
「分かるなら話は早いわ」
少女はずかずかと鍋に近づき、中を覗き込む。
そして、顔をしかめた。
「……何これ」
「スープ」
「違う。材料よ」
指でつまみ上げる。
「これ、“リーファ草”。消化促進の薬草。普通は乾燥させて使うの」
次を摘む。
「これは“ビター根”。微量なら解熱剤」
さらに。
「こっちは軽い麻痺作用。扱いを間違えれば毒よ」
少女は俺を睨む。
「全部、薬草じゃない」
「……へえ」
「へえ、じゃない!」
声が鋭くなる。
「素人が混ぜていいものじゃないの! 最悪、人が死ぬ!」
なるほど。
これが“常識側”か。
「でも、死んでない」
俺は淡々と言う。
「俺も、昨日の客も」
「それは偶然よ!」
「じゃあ、確かめるか?」
俺は新しく草を選び始める。
色、香り、感覚。
身体が“拒否しない組み合わせ”。
「……何してるのよ」
「再現」
刻む。
入れる。
煮る。
その間、少女はずっと睨んでいた。
「……できた」
椀によそい、差し出す。
「薬師様、鑑定してくれよ」
「……」
受け取らない。
だが、視線は逸らさない。
そのとき。
「……おなか、すいた」
小さな声。
振り向くと、痩せた少女が立っていた。
服はぼろぼろ。
明らかに、まともに食えていない。
「……」
薬師の少女が息を飲む。
「この子に食わせる気?」
「違う」
俺はしゃがみ、目線を合わせる。
「食いたいか?」
少女は、こくりと頷いた。
「やめなさい!」
薬師が叫ぶ。
「危険かもしれないのよ!」
「だから聞いてる」
俺は静かに言う。
「“食いたいか”って」
少女は、少しだけ迷って。
それでも――頷いた。
俺は椀を渡す。
少女は両手で持ち、ゆっくりと口に運ぶ。
静寂。
一口。
二口。
三口。
「……おいしい」
小さく、だがはっきりと。
薬師の少女が、目を見開いた。
「……ありえない」
呟く。
だが、現実は目の前にある。
「ほらな」
俺は肩をすくめる。
「これは“食い物”だ」
「……違う」
少女は首を振る。
「それでも……それは“薬草”なの」
そこで、俺は初めて理解する。
こいつは、怒ってるんじゃない。
“守ってる”んだ。
「薬は、必要な人に必要な分だけ使うものよ」
「食い物も同じだろ」
「違う!」
即答だった。
「薬草は限られてるの! 無駄に使えば、本当に必要な人が困る!」
なるほど。
“資源の希少性”か。
「じゃあ、増やせばいい」
「……は?」
俺は草原の方を見る。
「これ、全部同じに見えるか?」
「え?」
「違うだろ」
俺は一本抜く。
「栄養が高いやつ、効果が強いやつ、毒が強いやつ――全部バラバラだ」
さらに数本。
「“使えるやつだけ選べばいい”」
薬師の少女は、言葉を失う。
「……そんなこと、できるわけ」
「できる」
即答する。
「俺にはな」
沈黙。
「……あんた、名前は?」
しばらくして、少女が言った。
「まだ決めてない」
「は?」
「異世界だからな」
「……馬鹿じゃないの」
呆れた顔。
だが、その目はさっきより柔らかい。
「私はリナ。村の薬師」
「じゃあ、リナ」
俺は笑う。
「組まないか?」
「……は?」
「お前は“薬”の知識がある」
「当たり前でしょ」
「俺は“選別”ができる」
間を置いて。
「合わせれば、もっと上に行ける」
リナは黙る。
迷っている顔だった。
そのとき。
「――そこまでだ」
低い声が割り込む。
振り向く。
鎧を着た男が三人。
胸には同じ紋章。
「商業ギルドだ」
中央の男が言う。
「無許可営業の疑いで、取り締まりに来た」
来たな。
「ここでの商売には登録が必要だ」
「知らなかった、は通用しない」
男は鍋を見る。
「……草を売っているのか?」
「そうだ」
「……正気か?」
「儲かるぞ」
数秒の沈黙。
「……一旦、全部没収だ」
空気が張り詰める。
「それと、お前」
男は俺を指差す。
「ギルドに来てもらう」
リナが一歩前に出る。
「待って。これは――」
「部外者は黙れ」
冷たく遮られる。
俺は息を吐く。
「……なるほど」
“価値を決める側”が来た。
だが。
「悪いけど」
俺は笑う。
「それ、俺が決めるんだわ」
風が吹く。
草が揺れる。
無価値だったものが。
今、利権になる。
戦いの匂いがした。




