少女を待ち続ける神様のお話
店主は静かに髪飾りを手に取った。
鈴が小さく鳴る。
――ちりん
その音はどこか懐かしく聞こえた。
「今から数百年前」
店主はゆっくりと語り始める。
「深い山奥に、小さな村がありました」
店内の時計が静かに時を刻んだけれど
私は不思議と目を離せなかった。
まるで物語に引き込まれていくようだった。
「その村には、一柱の神が祀られていたんです」
「神様ですか……?」
「ええ」
店主は微笑む
「もっとも、
人々は神として崇める一方で恐れてもいました」
窓の外で雨が強くなる。
「なぜなら、
その神は人の姿をしていなかったからです」
私は無意識に息を呑んだ。
「長い黒髪を持ち、
美しい顔立ちをしていましたが、
その瞳は人のものではなかった」
「神域に棲む異形の神でした」
店主は髪飾りを指先で撫でる。
「そして神には、
一人だけ特別な人間がいました」
「特別な人間ですか?……」
「村に住んでいた少女です」
その声が少し柔らかくなる。
「少女の名前は――」
店主は一度言葉を切った。
そして
なぜか私を見つめながら続けた。
「美琴です。」
私は肩を震わせた。
「……え?」
思わず聞き返そうとするが…
困惑して声が出ない私を見て
店主は何事もなかったように微笑んでいる。
「その反応…もしかして同じ名前でしたか?
私も偶然で驚いてしまいました。」
店主はそう言った。
けれど
なぜだろう…
私の胸の奥がざわついた。
「神は少女を愛していました
最初はただ見守るだけだったんです」
「神域へ迷い込めば村まで送って帰した
泣いていれば花を咲かせたで見せた
怪我をすれば癒して直した」
「少女にただ幸せでいてほしかった」
店主は静かに語る。
「少女も同じく神を慕っていました」
「その子は…怖くなかったんですか?」
私が尋ねると
店主は首を横に振った。
「彼女は全く怖くなかったのでしょう」
「神は少女の前ではとても優しかったそうですし」
雨音が響く。
「だから少女は毎日のように神域を訪れました」
「神もまた彼女が来るのを待つようになった」
「来ない日は探したり
雨の日は心配したり
帰る時間が遅くなると不安になったり」
店主の声は穏やかだった。
けれど…
どこかおかしかった。
「それだけなら美談だったんです」
店主がそう言うと
私は思わず身を乗り出した。
「でも神は神でした
人外であるからこそ
人間の愛し方を知らなかった」
店主の目が細くなる。
「少女が他の男と話せば気になったり
笑い合えば面白くなかったり
誰かが彼女に触れれば腹立たしくなる」
「彼女が神域へ来る回数が減れば
眠れなくなってしまうこともあったそうです」
私はぞくりとした。
「神はその時思ったんです」
店主は静かに笑う。
「どうして皆、美琴に近付くのだろう?
どうして美琴は帰ってしまうのだろう?
どうして僕だけを見てくれないのだろう?とね…」
雨が窓を叩く。
私は知らず知らずのうちに髪飾りを握り締めていたら
店主はそんな私を見て続ける。
「やがて村人たちも気付き始めました
神の執着がすごいことを
神が少女だけを見ていると言うことは
神が少女を花嫁にしようとしているということにね…」
私が息を呑んだら
店主は微笑んだ。
とても穏やかに
けれどどこか恐ろしく。
「だから村人たちは決めたんです
少女を村から逃がそう、と」
店内が妙に静かだった。
雨音だけが聞こえる。
「少女はそれを知り泣きました。
神も同じく泣きました。」
「それでも村人たちは少女を遠くへ連れて行った
二度と神域へ入って戻ってくることがないように」
店主はそこで言葉を止め
そして小さく呟いた。
「ですが――」
鈴が鳴った。
――ちりん…と
誰も触れていないはずなのにと思い
私は思わず顔を上げる。
そしたら
店主は窓の外を見ていた。
「神は諦めませんでした」
その声は先ほどより静かだった。
「百年待った
二百年待った
三百年待った」
「人々が忘れても
神社が朽ちても
信仰が消えても」
「神はただ一人の花嫁を待ち続けた」
店主の瞳がゆっくり私へ向く。
「そして現代
神は再び花嫁を見つけたのです」
その瞬間
私の背筋を冷たいものが走った。
なぜか
本当になぜか
店の外から
誰かに見られている気がした。




