3つの約束
私は気付けば
冬真が消えた路地へ向かって歩き出していた。
「何やってるんだろう……私。」
自分でも分からない。
怖い
それなのに
あのまま帰ることができなかった。
路地は静かだった。
さっきまで聞こえていた車の音も、
人の話し声も遠い。
まるで別の世界へ迷い込んだみたいだった。
「雪城さん……?」
小さく呼んでみるが
返事は返ってくることはなく
誰もいない。
見間違いだったのだろうか?
そう思った、その時
カラン――
鈴の音が鳴った。
私はゆっくり顔を上げると
目の前には、一軒の古びた店
『愛執堂』
「また……この店」
思わず呟く。
この前来た時と同じ
まるで私を待っていたかのように。
店には明かりが灯っていた。
帰った方がいいという考えが浮かび
私は少し迷う。
普通ならそうする
でも
ここへ来れば
何か分かる気がした。
私は意を決して扉を開ける。
カラン――
「いらっしゃいませ。」
聞き慣れた穏やかな声
店主は相変わらず紅茶を飲みながら微笑んでいた。
「あ……こんばんは。」
「こんばんは、春川様。」
まるで私が来ることを
知っていたような口ぶりだった。
「今日はお一人ですか?」
私は店内を見回す。
「雪城さんは……?」
店主は小さく笑った。
「いらっしゃいませんよ。」
「え……?」
「先ほどまで外にいらっしゃいましたが
春川様がこちらへ向かわれたのをご覧になって、
そのまま帰られました。」
「帰ったの……?」
私は首を傾げる。
「どうしてですか?」
店主はティーカップを置く。
「約束を守っているからです。」
「約束…ですか?」
「ええ。」
店主は穏やかに頷いた。
「あなたを追いかけない
困らせない
前世の記憶を無理に思い出させようとしない。」
「その3つを約束してくださいました。」
私は言葉を失う。
あの人は本当に守っていたんだ。
だからあの日以来
遠くから見ているだけだった。
「でも……」
私は思わず口にする。
「どうして、そこまで……」
店主は少しだけ目を伏せた。
「雪城様は約束を何より大切にする方です。」
「一度交わした約束は、
何百年経っても破りません。」
「それが雪城様という方なのです。」
私は静かに椅子へ腰掛けた。
店主は何も言わず、
新しい紅茶を淹れてくれる。
湯気と一緒に、
優しい香りが店内へ広がった。
「……店主さん。」
「はい。」
「聞いてもいいですか?」
「もちろんです。」
私は少し迷ってから口を開いた。
「雪城さんって……
何者なんですか?」
店主は少しだけ笑う。
「それをお話しする前に、
一つだけ聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「春川様。」
店主は真っ直ぐ私を見つめた。
「あなたは、
『生まれ変わり』というものを信じますか?」
「生まれ変わりですか……?」
あまりに突然の質問だった。
私は困ったように笑う。
「うーん……
信じるとか信じないとか、
考えたこともありません。」
「普通はそうでしょうね。」
店主は頷く。
「では、もう一つ質問です。」
「はい。」
「初めて雪城様を見た時
怖いと感じましたか?」
私はすぐに頷こうとして
何故か止まった。
本当は怖かった。
でも
それだけじゃなかった。
あの銀色の瞳を見た瞬間
すごく胸が締め付けられた。
懐かしいと思うと同時に
泣きたくなった。
どうしてかは分からない。
「……最初は怖かったです。」
私は小さく答える。
「でも。」
店主は黙って続きを待ってくれる。
「何故か初めて会った気が、
しなかったんです。」
その言葉を聞いた店主は
静かに目を細めた。
「やはり。」
小さく呟く。
「記憶はなくても、
心は覚えているようですね?」
私はその言葉の意味を理解できず、
ただ店主の顔を見つめることしかできなかった。




