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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
雪男との約束
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紬の葛藤

冬真は今日も静かに見守っていた。


そんなことなど知らずに

私は家へ帰った。



ワンルームの小さな部屋で

靴を脱ぎ

バッグを放り投げる。


「疲れたぁぁぁ……」


そのままベッドへ倒れ込んだ。



社会人の幸福

それは

帰宅後すぐにベッドへ飛び込むことだと思う。


しばらく天井を見つめて考える。


すごく静かだ。


いつも通りの夜なのに

最近は何かがおかしい。


私は考えないようにして

寝返りを打った。


そして無意識に呟く。


「雪城冬真……」


その名前を口にした瞬間

胸が少しだけ苦しくなった。


会ったのは一度だけ…

しかも怖い思いをした。


それなのに

あの寂しそうな顔が

何故か忘れられない。


あの銀色の瞳が

頭から離れなかった。


「重症だな?私……」


自分で自分に呆れる。


すると

スマホが鳴った。


画面を見ると彩香だった。


『土曜日暇?』


私はすぐに返信する。


『暇じゃない社会人なんている?』


数秒後


『いるでしょ?あんたがwww』


『反論できないwww』


思わず笑ってしまう。


『じゃあ買い物付き合って♪』


『了解』


『駅前集合ね!』


『はーい』


やり取りを終えてスマホを置くと

少しだけ気分が軽くなった。


翌日も

その翌日も


特に何も起きなかった。


仕事して

残業になって

夜に帰宅する


たまに聞こえる鈴の音と


そして

ふとした瞬間に感じる冷たい風


その2つだけ怪しげだった。


土曜日

私は約束通り駅前へ向かった。


久しぶりの休日だ。


正直

仕事のことは忘れたい。


「紬ー!」


待ち合わせ場所で

彩香が手を振っているのが見えて

私は小走りで近付いた。


「ごめん待った?」


「五分くらいね…」


「ごめん…」


「嘘…今来たとこよ」


絶対嘘だ…

でも彩香は昔からそう言う。


なんだかんだ話しながら

二人でショッピングモールへ向かう。


服を見たり

雑貨を見たり

カフェに入ったり


久しぶりに普通の休日だった。


そのはずだった。


夕方になり

彩香と別れた後

私は駅へ向かって歩いていた。


すると…

突然…

空が曇った。


おかしい

さっきまで晴れていたのに。


「雨かな?……」


私は空を見上げる。


その時


チリン――


鈴の音が聞こえる。


まただ 


最近よく聞く音がして

私は立ち止まる。


そして

何となく

音がした方へ視線を向けた。


路地の奥を見ると


そこには

例の一人の青年が立っていた。


銀髪で

黒い和服


やっぱり

見間違えるはずがない。


雪城冬真だった。


「……っ」


心臓が跳ねる。


けれど

冬真は近付いてこないし

話しかけてもこない。


ただそこに立っていた。


あの日

店主と交わした約束を守るように


静かに

遠くから

私を見ていた。


怖くなって

逃げようと思った。


思ったのに

なぜか足が動かない。


怖いはずなのに

胸の奥では別の感情が膨らんでいた。


会いたかった。


そんなはずないのに

どうしてか

そう思ってしまった。


冬真は何も言わない。


私も何も言えない。


夕暮れの街で

二人の間に流れる沈黙だけが続く。


やがて

冬真が

まるで安心したように僅かに目を細めた。


それだけだった。


そして

彼は踵を返した。


「え……?」



思わず私の声が漏れるが

冬真は振り返らないで

そのまま路地の奥へ消えていく。


待って!


そう言いかけて

私は息を呑んだ。


自分でも分からなかった。


どうして今

彼を引き止めようとしたのか?


胸の奥がざわつく。


何故か

理由もないのに

もう一度会わなければいけない気がする。


私は気付けば

冬真が消えた路地へ向かって歩き出していた。


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