数日後
――数日後
あれから三日が過ぎた。
不思議な店
愛執堂に
銀髪の青年
全部夢だったんじゃないかと…
そう思えるくらい
私の日常はいつも通りだった。
「春川さん、この資料お願い!」
「はい!」
「午後の会議室、予約変更になったよ!」
「分かりました!」
相変わらず仕事は忙しい。
朝から電話は鳴りっぱなしで
メールも山のように届く。
「もう無理……」
小さく呟きながらキーボードを叩く。
時計を見ると
午後七時十分。
また残業だ…
「春川さん…」
背後から優しい声がした。
振り返ると、
同期の結城彩香が立っていた。
「今日も残業?」
「うん……」
「ご飯行かない?」
私は苦笑する。
「行きたいけど、
この資料終わらないと帰れないや…」
「相変わらず真面目だねぇ…」
彩香は笑いながら肩を叩いた。
「ほどほどにしなよ?」
「うん…」
そう返事をしたものの
ほどほどなんて無理だ。
社会人って大変だなと
改めて思う。
ようやく仕事が終わった頃には
外はすっかり夜だった。
「疲れたぁ……」
私は大きく伸びをする。
今日は寄り道せず帰ろうと
そう決めて会社を出た。
駅までの帰り道
ふと
バッグの中へ手を入れると
指先が一枚の紙に触れた。
「あ……」
愛執堂の名刺だ。
店主から渡されたものだったのを忘れていた。
私は立ち止まり、
それを出して見つめる。
『困ったことがあれば、
いつでもいらしてください。』
あの穏やかな声が蘇る。
「……変な人だったな…」
店主も
あの銀髪の人も
結局
何だったんだろう…?
もう会うこともないよね?
そう思い
私は名刺をバッグへ戻し、
歩き出した。
その時だった。
チリン――
鈴の音がして
私は反射的に振り返る。
誰もいない
まただ
最近、この音をよく聞く。
そして
冷たい風
六月とは思えないほど冷たい空気が、
静かに私の頬を撫でていった。
胸の奥がざわつく。
まるで
誰かがすぐ近くにいるような気がして
私は思わず辺りを見回した。
けれど
そこには誰もいなかった。
もちろん
私が気付いていないだけで
ビルの屋上から
銀色の瞳が
静かに私を見守っていたことを
冬真は約束を守っていた。
追いかけないし
話しかけないし
近付かない。
ただ
見失わないように
それだけを胸に
二百七十三年ぶりに見つけた彼女を
今日も静かに見守っていた。




