冬真の話
店の古時計が時を刻む。
カチ
コチ
まるで
二百七十三年という長い時間を数えるように
「難儀なお客様ですね?」
店主はそう呟くと、
静かにカップを置き
そして立ち上がる。
「さて」
穏やかな笑みを浮かべたまま
こう言う。
「せっかくですので、
お話を聞かせていただけませんか?」
私は思わず顔を上げた。
「お話ですか……?」
「はい」
返事をして
店主は頷く。
「春川様は事情が分からず困っておられますし…
雪城様は探し人を見つけたと仰りますから」
そして肩を竦めた。
「どう考えても説明不足ですし…
こちらも状況が分かりませんからね?」
その言葉に私は大きく頷いた。
本当にその通り
説明不足にも程がある。
知らない男に名前を呼ばれて
追いかけられて
その結果が今である。
私が店主の後ろへ隠れたまま頷くと
それを見て少し笑った。
「まずは座りましょう?」
そう言ってテーブルを指差す。
問題は
その席の配置だった。
私と店主と冬真で3人
三角形の形をしたテーブルに座るとなると
逃げ場がない。
「……」
「……」
「……」
気まずい。
ものすごく気まずい。
店主だけが平然としている。
しばらくして
三人分の紅茶が運ばれてきた。
香りだけはやたら良い。
「では」
店主が微笑む。
「順番に聞きましょうか?」
その視線が冬真へ向く。
「雪城様」
「何だ?」
「まず確認ですが」
店主は紅茶を一口飲んだ。
「春川様を攫う予定は?」
「ない」
即答だった。
私は少しだけ安心する。
「監禁は?」
「しない」
「脅迫は?」
「しない」
「なるほど」
店主は満足そうに頷く。
「良かったですね春川様」
「何がですか?」
思わず突っ込む。
最低ラインの確認だった。
すると店主は苦笑した。
「当店のお客様には必要な確認なのですよ」
嫌な店だ
本当に嫌な店だ。
私は今更ながら変な場所へ来てしまった気がした。
「では本題です」
店主は冬真を見る。
「何故、春川様を探していたのですか?」
店内が静かになる。
冬真はしばらく黙っていた。
やがて
窓の外へ視線を向けると
夕暮れはもう消えていた。
夜だ。
「約束したからだ」
低い声で
短い言葉を言った。
それだけだった。
私は眉をひそめる。
「約束?」
冬真は頷いた。
「昔…前世で
お前は迎えに来ると言った」
その瞬間
私は固まる。
「は……?」
意味が分からない
本当に分からない
迎えに行く?
私が?
この人を?
いつ?
どこで?
店主は黙って続きを待っている。
冬真はゆっくり目を閉じた。
「雪の日だった」
「山で迷ったお前を助けた
その時…お前は笑っていた」
「そして…」
そこで一度言葉を切る。
長い二百七十三年分の沈黙だった。
「迎えに来ると言った」
私は首を横に振る。
「知らない」
そんな記憶はないし
あるはずがない。
私は二十四歳だし
二百七十三年前なんて生まれてもいない。
「知らない……」
そう繰り返すけど
冬真は怒らなかった。
責めもしない。
ただ
静かに私を見た。
その瞳だけが
どうしようもなく寂しそうだった。
「そうだろうな…」
私は言葉を失う。
だって
その言い方は
まるで
忘れられることを知っていたみたいだった。
店主はそんな二人を見ながら
静かに紅茶を口へ運ぶ。
そして穏やかに言った。
「雪城様」
「何だ?」
「一つだけ確認ですが」
店主は微笑む。
「その約束をした少女のお名前は?」
冬真は迷わなかった。
二百七十三年
一度も忘れたことがないのだから。
「春川紬」
その瞬間
私の持っていたティーカップが小さく揺れた。
知らない
知らないはずなのに
胸の奥で
何かが静かに軋む音がした。




