幕を閉じた恋物語と新しく始まる恋物語
そして後日
愛執堂へ一通の手紙が届く。
店主は微笑みながら封を開いた。
中には写真が一枚入っていた。
満月の湖に
白い着物姿の雫と
その隣で穏やかに笑う青嵐
二人は幸せそうだった。
手紙は短く書かれていた。
『長い遠回りになりました』
『でもようやく帰る場所を見つけました』
『店主さん…ありがとうございました』
店主は静かに目を細め
そして窓の外を見た。
雨はもう降っていなかった。
夕暮れの光が愛執堂の窓から差し込み
古時計の針が静かに時を刻んでいた。
カチ
コチ
店主は手紙を丁寧に畳み
写真も大切そうに封筒へ戻した。
「良い結末でしたね」
誰に向けるでもなく呟く
その声は穏やかだった。
しかし
その時だった。
――カラン
入口の扉が鳴り
店主はゆっくり振り返る。
「いらっしゃいませ」
そう言いながら顔を上げる。
だが
店内へ入ってきた人物を見た瞬間…
ほんの僅かに目を細めた。
そこに立っていたのは
一人の青年だった。
黒い和服に
長い銀髪
まるで雪のような色をしている。
---
そして
異様なほど整った顔立ちで
人間離れした美しさだった。
青年は何も言わないで
ただ店内を見渡している。
まるで
何かを探しているように
それを見て
店主は微笑む。
「何かお探しですか?」
青年は静かに答えた。
「探し物ならある!」
どこか冷たい低い声だった。
「だが…」
銀色の瞳が細められる。
「まだ見つかっていない」
その瞬間…
店内の人形たちが小さく震え
古時計の振り子が止まり
空気が変わる。
店主は気付いていた。
---
この青年もまた
"人ではない"
ということに。
青年は棚に並ぶ古い簪を見つめる。
「面白い店だな!」
「ありがとうございます」
「ここには…」
青年は小さく笑った。
「愛に狂った連中ばかり集まるのか?」
店主は肩を竦める。
「そういう店ですからね…」
「なるほど…」
青年は納得したように頷く。
そして
静かに告げた。
「なら俺も客になれるよな?」
そう言われ
店主の微笑みが少しだけ深くなる。
「そうですね…」
青年は窓の外を見る。
夕焼けの空の
その向こうの何処かを
何百年も探しているような目で。
「俺も探しているんだ…」
ぽつりと呟く。
「約束を破った女をな…」
その瞬間
愛執堂の時計が再び動き出した。
カチ
コチ
カチン
コチン
店主は静かに紅茶を口にする。
そして
「それはまた」
穏やかに笑った。
「難儀な恋物語になりそうですね…」
青年は答えない。
ただ獣のように鋭い銀色の瞳を
細めるだけだった。
こうして
龍神と花嫁の物語が幕を閉じ
そしてまた一つ
新たな愛執堂の恋物語が始まろうとしていた――。




