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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
龍神と先祖の花嫁契約
43/50

雫の前世

湖面の上に

一本の道が現れた。


私からしてみれば

あり得ない光景だった。


「……っ」


私は驚いて言葉を失う。


月明かりに照らされたその道は、

まるで水そのものが

固まってできた橋のようだった。


透き通る青い光を帯びているその先には

湖の中央に浮かぶ社がある。


青嵐は水面の上を

当然のように

迷うことなく歩き出した。


「待っ……!」


私は思わず声を上げる。


「落ちるって!?」


青嵐は少しだけ振り返った。


「落ちないぞ?」


「なんで言い切れるんですか!?」


「俺の湖だからだ!」


あまりにも当然の答えだった。


そう言われたら

私は反論できない。


実際に

青嵐の足元では波一つ立っていないし


まるで湖そのものが

彼を歓迎しているみたいだった。


周囲では青白い影たちが

頭を垂れ続けている。


「花嫁様……」


「ようやくお戻りに……」


「ずっと青嵐様が待ち続けた方だ……」


その囁きが

耳に届くたびに落ち着かなくなる。


私は違う


そんな花嫁なんかじゃない!



そう思うのに

胸の奥では別の感情がざわめいていた。


懐かしい


帰ってきた


そんな感覚が消えない。


やがて社へ辿り着く。



朱色の鳥居に

石灯籠があり


それに

長い石段


そして

社の奥にある大きな屋敷


それは

人の住む家ではなかったけれど

不思議と冷たい印象はない。


どこか温かくて

誰かの帰りをずっと待っていた家のようだった。


青嵐はようやく私を降ろした。


足が地面に着く

その瞬間だった。


ぶわり、と風が吹き

境内の鈴が一斉に鳴り響いた。


---


チリン



チリン



チリン


無数の音が鳴った。


そして

私の脳裏に映像が流れ込んできた。



幼い少女が

鳥居の前を走る姿や

湖で遊ぶ笑顔の様子


そして


「青嵐様!」


楽しそうな声で呼ぶのは

目の前に立つ龍神へ向けられたもの。


「っ……!」


私は頭痛と一緒に

視界が揺れて

頭を押さえる。


青嵐がすぐに駆け寄った。


「雫!」


だいじょう……ぶ……


そう言おうとしたのに

胸が苦しくて

涙が零れそうになる。


なぜ?

どうして?


知らないはずの景色なのに…

こんなにも懐かしいのだろう?


青嵐は私の肩を支える。


その表情は真剣だった。


「無理をするな…」


「……今のは何?」


かすれた声で尋ねると

青嵐は少しだけ黙った。


そして

月明かりの下で静かに答えた。


「お前の記憶だ」


「え……?」


「前世の記憶を忘れているだけだ」


蒼い瞳が細められる。


「ここはお前が何度も訪れた場所だぞ?

俺と共に過ごした場所でもあるし…」


「そして…」


青嵐は屋敷の方へ視線を向けた。


「お前が最後に消えた場所でもある…」



その言葉に

ぞくりと背筋が震えた。


消えた?

死んだ、ではなく


消えた…


まるで

そこに何か秘密が

隠されているかのように

境内に冷たい風が吹き

遠くで湖が揺れた。



そして青嵐は

千年抱え続けてきた後悔を隠すように

静かに微笑んだ。


「全部を話そう…

千年前、お前に何が起きたのかを」――。


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