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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
龍神と先祖の花嫁契約
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契約の困惑

私の背筋を冷たいものが走った。


「は……?」


思わず声が漏れる。


「ちょっと待ってください……」


頭が追いつかない。


花嫁?

契約?

龍神?


全部意味が分からない。


「そんなの聞いてません!」


私が言うと

青嵐は少しだけ首を傾げた。


「そうか」


まるで

今日の天気を確認するみたいな反応だった。


「聞いていなかったのか?」


「聞いてませんよ!?」


「それは困ったな…」


全然困っているように見えない。


私は思わず店主を見る。


「店主さん!」


「はい」


「何なんですかこれ!?」


店主は穏やかに微笑んだ。


「龍神様がお迎えに来られたのですよ」


「説明になってません!」


「そうですか?」


「そうですよ!」


青嵐が小さく笑う。


なぜかその笑い声だけで

店内の時計がカタカタ震えた。


私は一歩下がる。


青嵐はその動きを見て

一瞬だけ表情を曇らせた。


「……怖いか?」


「当たり前です!」


即答だった。


「突然知らない男に花嫁とか言われて!」


「知らない男か……」


青嵐はぽつりと繰り返す。


その言葉が

思った以上に傷付いたように聞こえたみたいで

蒼い瞳が伏せられる。


「そうだな……

今のお前にとってはそうか…」


その顔が

なぜか少しだけ寂しそうで


私は一瞬だけ言葉に詰まった。


-

しかし

次の瞬間


青嵐は再び私を見た。


その瞳には

やはり異常なほどの執着が宿っている。


「だが…」


低い声だった。


「俺は違うぞ?」


店内の空気が重くなる。


「俺は千年間…

ずっと…お前だけを見ていた雫」


名前を呼ばれる。


その響きが妙に甘いけれど

どこか逃げ道のない鎖みたいだった。


「春も

夏も

秋も

冬も

何度巡ったかもう分からん…」


青嵐は静かに言う。


「その全てで

俺はお前を待っていた…」


私は息を呑む。


青嵐は一歩近付く。


「お前は覚えていないだろうが

俺は覚えている」


「お前の笑顔も

泣き顔も」


「好きだった花も

好きだった景色も」


「全部だ…」


その声音は優しかったけれど

逆に優しすぎて怖かった。


千年


そんな時間なんて

人間なら忘れる。


普通なら忘れる

なのに

目の前の存在は忘れていない。


一つも

何も


その時だった。


店の奥から


――チリン


簪の鈴が鳴り

蒼い宝石が微かに光った。



すると

私の脳裏に

見知らぬ景色が流れ込んできた。



湖に

満月の夜


目にうつる

白い着物



そして

巨大な龍の背に乗って笑う少女


『青嵐様!』


嬉しそうに

幸せそうに

少女が笑う。



そして

龍が優しく振り返る。


『落ちるなよ?』


その声は

今の青嵐と同じだった。


「っ……!」


頭が痛み

視界が揺れ

私は思わずよろめいた。



その瞬間


驚くほど素早く

青嵐が支える。


まるで

最初からそうするつもりだったみたいに。


「雫!」


その声には焦りが滲んでいた。


「大丈夫か?」


肩を抱かれ

冷たいと思ったけれど

なぜか少しだけ懐かしかった。


青嵐は私の顔を覗き込む。


「何を見た?」


その声には期待と不安が混ざっている。


千年待った者だけが持つ

切実な響きだった。


そして店主は

そんな二人を見ながら

静かに紅茶を口にする。


「始まりましたね…」



誰にも聞こえないほど小さな声で

そう呟いたのだった――。


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