龍神の契約
私の心臓が
呼吸が止まるくらい大きく跳ね
雨音だけが
やけに大きく聞こえた。
「……っ」
なぜだろう
声が出ない。
初めて会うはずなのに
その男を見た瞬間から
胸の奥がざわついている。
恐怖だけじゃなくて
懐かしさにも似た感覚がある。
男は窓の向こうに立ったまま動かないで
ただ私を見ている。
まるで
何百年も探し続けた宝物を
ようやく見つけたように
「店主さん……」
私は助けを求めるように振り返った。
しかし店主は
相変わらず穏やかな表情を浮かべているだけだった。
「おや?」
小さく笑う。
「思ったより早かったですね…」
「え……?」
その言葉の意味が分からないけれど
店主は窓の外の男を見ながら続ける。
「本来ならもう少し先かと思っていたのですが…
龍神様は随分と待ちきれなかったようですね…」
龍神様
その言葉に
背筋が冷えた。
その瞬間だった。
――カラン
風も吹いていないのに
勝手に扉が開いた。
店内の古時計が
一斉に鳴り始める。
カチ
コチ
カチン
コチン
まるで何かを歓迎するような音だった。
私は思わず後退る。
そして
男が店の中へ入ってきた。
-
白い着物を着ていて
長い黒髪に
蒼い瞳
近くで見ると余計に分かる。
人ではないと
本能が警鐘を鳴らしていた。
男はゆっくり歩いてくるが
足音は聞こえない。
それなのに
存在感だけが異様だった。
私の目の前で立ち止まると
蒼い瞳が細められた。
「……雫」
その声を聞いた瞬間…
胸が締め付けられた。
まるで
ずっと昔にも
同じ声で呼ばれたことがあるみたいに。
「だ、誰ですか……?」
やっと絞り出した声だった。
男は少しだけ目を見開く。
そして
寂しそうに笑った。
「そうか…
お前は…覚えていないのだな…」
その声音に
私はなぜか胸が痛くなった。
男は胸に手を当て
そして静かに名乗った。
「我が名は」
蒼い瞳が真っ直ぐ私を見つめる。
「蒼月青嵐」
その名が告げられた瞬間…
店内の照明が一瞬だけ揺れ
古時計の針が止まる。
人形達が
こちらを見た気がした。
「千年前」
青嵐は続ける。
「お前の祖先と契約を交わした龍神だ」
私は固まる。
「契約?……」
「そうだ」
青嵐は頷く。
「水瀬の娘を花嫁として迎える契約だ」
「そして」
彼は一歩近付いた。
「その約束の日が来た…」
ぞくりと背筋が震える。
逃げなければと
そう思うのに
足が動かない。
青嵐は私を見つめる。
その瞳には
恋慕
慈愛
執着
全てが混ざっていた。
「長かった…」
ぽつりと呟く。
「本当に長かったな…」
その声には千年分の孤独が滲んでいた。
「何度季節が巡るたんび
何度お前を探したか…
何度夢の中で名前を呼んだか…
分からない」
そして
青嵐は微かに笑う。
「やっと会えたな…」
その笑顔は優しかったけれど
なぜだろう
その優しさの奥にあるものが
とても恐ろしく感じた。
店主はそんな二人を見ながら
静かに目を細める。
「さて…
今回の恋物語はどうなりますかね?」
その言葉に
青嵐だけが小さく笑った。
「恋物語?」
蒼い瞳が細められる。
「違うぞ?」
その声に
店内の空気がわずかに重くなる。
「これは契約だ!」
そして
「雫は最初から俺の花嫁
として決められていたぞ?」
その言葉を聞いた瞬間
私の背筋を冷たいものが走った――。




