救われた二人
白夜の言葉を聞いて
私は息をすることすら忘れた。
「……え?
どういうこと…なの?…」
声が震える。
「逃がさなかった……?」
白夜は目を伏せる。
九本の尾も力なく揺れている。
先ほどまでの圧倒的な妖狐の姿ではなく
ただ
何百年も罪を抱えてきた男の顔だった。
「君は」
白夜が呟く。
「本当は逃げられたんだ…」
屋敷の外で雷が鳴り
雨音が強くなる。
「村人達が君を連れ出そうとした時…」
「君は助かった…」
「助かるはずだったんだ…」
私は頭を押さえる。
知らないはずの景色が浮かぶ。
桜が満開に咲き誇る夜
燃える松明
そして
白夜の腕の中で泣いている少女
『嫌!
行きたくない!』
『白夜様と一緒にいたい!』
その声は私だった。
「っ……」
白夜は苦しそうに笑う。
「そうだ…
君は最後まで俺を選んだ…」
私は震えた。
「なら、どうして……」
どうして死んだの?
その問いを口にする前に
白夜が答えた。
「俺が欲を出した…」
静かな声だった。
「ずっと一緒にいたかった…
失いたくなかった…」
「だから…」
彼は俯く。
「神域へ連れて行こうとしたことで…」
私は息を呑む。
神域は
人では辿り着けない場所で
妖や神が住む世界であり
「人間は本来入れない…
身体が耐えられないんだ…」
白夜は拳を握る。
「でも俺は大丈夫だと思った…」
「君なら平気だと…」
「君は特別だから…」
俺の花嫁だったから」
その言葉を聞いて
何かが蘇る。
-
『大丈夫だよ!』
昔の白夜が笑っている。
『絶対守るから…』
桜が舞う中で
少女が頷く。
嬉しそうに
幸せそうに
そして
神域へ足を踏み入れた瞬間
血を吐いて
少女は倒れた。
苦しみながら
白夜の腕の中で。
「……あ」
それを思い出して
私は震えた。
全て思い出した。
『白夜様』
泣いている白夜。
『ごめんなさい…』
血に染まる桜。
『私…まだ…
やっぱり人間だったみたい…』
私は笑っていた。
死にかけているのに
白夜を安心させようとして
笑っていた。
「やめろ……」
白夜が呟く。
「思い出さなくていい…」
でも止まらない。
『泣かないで…
白夜様』
『貴方と出会えて幸せだった』
白夜が少女を抱き締める。
『嫌だ』
『死なないでくれ…』
『1人は嫌だ』
初めて聞く声だった。
妖でも
神でもない。
ただ恋人を失う男の声だった。
『行かないで…』
『置いていかないでくれ…』
『お願いだから!』
泣きながら。
何度も
何度も
少女の名前を呼んでいた。
そして
私は現実へ戻る。
気付けば涙が流れていた。
白夜も泣いていた。
何百年も
忘れられなかったのだ。
自分のせいで
失ったと思っているから。
だから探して
だから待って
だから執着した。
何百年も
たった一人を愛して
すると
顔の無い女が笑った。
『ほら』
『思い出したでしょう?』
『貴方を殺したのは
白夜様だよ』
その言葉を聞いて
白夜は目を閉じた。
否定しない。
いや…
できないのだ。
自分もそう思っているから。
私はゆっくり立ち上がった。
そして
白夜の前へ行く。
「凛花……?」
私は泣きながら笑った。
「違うよ」
白夜が固まる。
「え……」
「私」
胸が痛いけど
全部思い出したわけじゃない。
でも
一番大事なことだけは分かる。
「私は
貴方を恨んでないよ」
白夜の瞳が大きく揺れた。
「だって」
私は笑う。
「私は
白夜が好きだったんだもの」
その瞬間…
何百年も止まっていた時間が
少しだけ動き始めた。
そして白夜は初めて。
再会の涙ではなく
救われる涙を流したのだった。




