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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
― 九尾の花嫁 ―
33/47

忘れていた前世

白夜に手を引かれながら

私は愛執堂を後にした。


背後では店主が静かに見送っている。


雨は相変わらず降り続いていた。


けれど不思議なことに

店から離れるにつれて

さっきまで感じていた無数の視線が

少しずつ遠ざかっていく。


「……あれは何だったんですか?」


私ら歩きながら尋ねる。


白夜は少しだけ考えるように目を伏せた。


「君を忘れられなかった人達だよ…」


「え?」


「君を慕っていた人たち…」



雨音に紛れそうな声だった。


「僕だけじゃないよ…」



「君を愛したものは沢山いたから…

その中で君は僕を選んでくれたんだよ…」


私は言葉を失う。


「そんなはず……」


「あるよ?」


白夜は苦笑した。


「昔から君はそうだったよ…」


「誰にでも優しかった

だから皆好きになったんだ…」


どこか拗ねたような声だった。



「正直

嫉妬して嫌だったな…」


「え?」



「誰にでも笑うし

誰にでも手を差し伸べるから」


白夜は真面目な顔で言う。


「だから凄く…

独占したくなったんだ…」


その言葉に胸がざわつく。



冗談ではなく、

本気だ

この人は

本気でそう思っていた。


しばらく歩くと

山道へ入った。


「待って」


違和感を感じて

私は足を止める。


「どこへ行くんですか?」


白夜が振り返る。


「家だよ」


「家って……山ですよね?」


「うん」


「人住んでないですよね?」



「住んでるよ!」


「誰が?」


白夜は不思議そうな顔をした。


「僕が住んでる」


当然のように言う彼を見て

私は頭を抱えたくなった。



数十分後


山奥へ辿り着いた。



そこには

大きな屋敷があった。



古い日本家屋だったけれど

異様に綺麗だった。


誰かがずっと手入れしているみたいに。


「ここは?……」


「君のために残しておいたんだ…」


白夜が言う。


「ずっとこの日を待ってた…」


その言葉が妙に重かった。


---


玄関を開ける。


すると

「おかえりなさいませ」


声が聞こえ

私は驚いて顔を上げる。


そこに立っていたのは

若い女性だった。


---


和服姿で

整った顔立ちをしている

けれど何かがおかしい。


瞬きをしないし

呼吸をしていない。


それに

肌に生気がない。


私が固まると

白夜が説明する。


「ああ言い忘れてた…

私の式神だよ?」



「しきがみ?……」


「家の管理をしてもらってるんだ…」



女性は無言で頭を下げた。


その動きが妙に機械的だった。


---


私は何となく

人形を連想した。


それと同時に

愛執堂にいたあの人形を思い出してしまう。


---


そして

屋敷の奥へ案内される。


襖が開いた

その瞬間…


私は凍りついた。


なぜなら

部屋の壁一面に

絵が飾られていたから。



しかも全部同じ女性の絵だ。


同じ顔だ

同じ笑顔をしている

同じ少女だ


何十枚も

何百枚もある。


全部

私だった。

いや

違う。


これは

私によく似た誰かだ…


私の様子を見て

白夜は静かに笑った。


「どう?懐かしい?」


私は震える。


「これって?……全部……」


「君だよ凛花」


当然のように言う。


「これは春の君

それに夏の君

こっちは秋の君

それで冬の君」


「百年前の君や

二百年前の君もある

そしてこれが三百年前の君」


私は後退る。


気味が悪くて

異常だった。


なのに

どこか泣きたくなる。



なぜだろう。


ふと…

一枚の絵の前で足が止まる。


---


桜の木の下で

少女が笑っている。


その隣に

白い髪の青年がいる。


二人とも幸せそうだった。


その瞬間…


頭の奥で

何かが弾けた。


『白夜様!』



聞こえた

知らないはずの声が…


でも

なんだか…

懐かしい声がする。


それは

私自身の声だった。


「っ……!」


私は膝から崩れ落ちる。


「凛花!」


白夜が駆け寄る。



私は震える。


---


桜に

神社

それに狐


金色の瞳と

笑顔


約束


そして

海のように広がる血


真っ赤な血だ。


「いや……」


怖くて

視界が滲む

その時だった。


白夜の顔から血の気が引いた。


初めて見る表情だった。



恐怖が伝わる


それも

九尾の妖狐が

震えるほどの。


「思い出さなくていい!」


白夜が呟く。


「え……」


「それは…

その記憶だけはは駄目だ!」


彼の声が震えていた。


「お願いだから

そこだけは思い出さないで…」


私は息を呑む。


数百年待ち続けたはずの男が

初めて。

思い出してほしくない記憶が

あるのが分かった。


そして

その記憶こそが

九尾が隠し続けてきた

最大の秘密だった――。


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