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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
― 九尾の花嫁 ―
32/42

白夜の怒り

闇の中で

何かが目を開いた。


ぎちり


木が擦れるような

何かが軋む音がする。


骨が鳴るような

嫌な音だった。


私は思わず白夜の服を掴む。


「な……なに……?」


白夜は答えないで

ただ静かに奥を見つめていた。


彼の

金色の瞳が細められている。


そして

暗闇の中から

ゆっくりと何かが歩いてくる。


コツ


コツン


ガツン



人影だった。


けれど

何かがおかしい。


---


顔が見えない


いや

顔が無い

真っ白だった。


のっぺりと


目も

鼻も

口も無い。


まるで人間を真似して作った人形みたいだ。


私は悲鳴を上げそうになる。


「っ……!」


すると

それは首を傾げた。


ぎぎっ


不自然な角度で。


『みつけた』


口は無いのに

声だけが聞こえる。


『みつけた』


『やっと』


『かえってきた』


『わたしの』


その瞬間…

白夜の尾が現れた。


ぶわり


九本の尾が出てきた。


巨大な白銀の尾が。



店内の棚が揺れ

人形たちが一斉に震えた。



「黙れ!」



白夜の声が響く。


低く

冷たく

今まで聞いたことのない声だった。


『またとるの?』


『またとるんだね…』


『また彼女をしばるんだね…』


『またいっしょになるんだね…』


無数の声が重なる。



すると

奥の棚から

さらに人影が現れた。



一体

二体

三体

四体


全部

顔が無い。


全部

私を見ている。


---


私は震えた。


---


「店主さん……


「なんなんですか……これ……」


店主は静かに答える。


「未練ですよ」


「え……?」


「貴女の前世に関わった者達の残骸です」


ぞくりとした。



残骸


それは人だったのか

妖だったのか

もう分からない。


けれど

ただ一つ分かる。


みんな

私を見ている。


いや違う

私じゃない。


前世の誰かを

見ているんだ…


「凛花」


白夜が私の名前を呼ぶ。


振り返ると

その顔は穏やかだった。


けれど

その瞳だけが異常だった。



底が見えない

何百年もの執着

何百年もの独占欲

何百年もの後悔


それが全部そこにあった。


「行こう…」


「え……」


「もう十分だ

ココにいたら怖い思いをさせそうだ…」


白夜は私の手を取る。


「また取られる前に出たい…」


その言葉に私は凍り付いた。


また


その言い方は

まるで

本当に一度失ったことが

あるみたいだった。


すると

闇の中の存在が笑った。


ケタケタ


カタカタ


ケタカタ


顔も無いのに笑ったように感じる。


『またしぬよ?』



その言葉が出た時

白夜の表情が消えた。


完全に

笑顔も

優しさも

全部なくなった。


「……黙れ」


『またまもれない』


「黙れ!」


『おまえはいつも』


『まにあわない』


---


その瞬間…


バキンッ!!


店内の窓ガラスが

砕け散り

私は悲鳴を上げる。



九本の尾が暴れながら

白夜は怒っていた。


初めて

本気で

怒っていた。


「黙れと言っただろ!」


その声だけで

店全体が揺れた。


人形たちが一斉に倒れ

奥の怪異たちが後退る。


店主ですら目を細めた。


「これはまた……

重症ですね」


白夜は聞いていない。


ただ静かに

震えるほど強く

私の手を握る。


「凛花」


その声だけは優しかった。


「大丈夫だ… 

今度は絶対に守る」


「絶対にね…」



その言葉は誓いではなく

呪いだった。


何百年も

何度生まれ変わっても

何を犠牲にしても

もう二度と手放さない。


そんな狂気じみた決意が

静かに宿っていた。


そして店主は

そんな二人を見送りながら

小さく呟く。


「さて………

今回はどちらが先に堕ちるのでしょうね?」


---


雨はまだ降り続いていた。


まるで

九尾の長い恋が終わる気配など

最初から存在しないかのように――。


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