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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
― 九尾の花嫁 ―
30/48

凛花と九尾

― 九尾の花嫁 ―


しとしとと静かに

雨が降っていた。


まるで誰かをどこかへ導くように。


私は傘を差しながら見知らぬ町を歩いていた。


私の名前は名前は――

一ノいちのせ 凛花りんか


二十五歳で

どこにでもいる会社員


仕事に追われて

上司に叱られて

恋人もいなくて

友達とも少し疎遠になって

最近は

何のために生きているのか分からなくなっていた。


そんな時

気づけば私は見知らぬ路地へ迷い込んでいた。


「……こんな場所あったっけ?」


スマホを見ると

圏外だ。


雨音だけが響いていて

妙な胸騒ぎがした。


その時

路地の奥に灯りが見えた。


古びた店がある。


木製の看板に

曇った窓

ショーウィンドウに並ぶ人形や装飾品


そして

まるで昔からそこにあったような

不思議な店の名前は


――愛執堂


気づけば私は店の中にいて

店主が穏やかに微笑む。


「いらっしゃいませ」


年齢不詳の美しい男だった。


私は店内を見回す。


すると

一つの簪が目に入った。


白銀の狐を模した簪で

九本の尾が細かく彫り込まれている。


綺麗だった。


吸い寄せられるように手を伸ばした

その瞬間…


ちりん



鈴の音が鳴った。


そして

耳元で誰かが囁いた。


『見つけた』


私は驚いて思わず振り返る。


誰もいない

けれど

背中にぞくりとした感覚が走った。


まるで待っていたように

店主が微笑む。



---


「その品にまつわる恋物語を知っていますか?」


---


私は首を横に振ったら

店主は静かに語り始める。


「それは」


「とある九尾の狐が

たった一人を愛した物語です」


雨は降り続いていた。


まるで

これから始まる物語を歓迎するように。


---


数百年前

一匹の九尾がいた。


名を――

九条 白夜くじょうびゃくや


神にも近い妖狐だった。


人を惑わし

人を魅了し

人を狂わせる存在


だが

彼は誰よりも孤独だった。


長く生きる者ほど

孤独を知る。


そして

そんな白夜が恋をした。


一人の人間の少女に


「白夜様!」



いつも笑う少女で

誰よりも優しくて

誰よりも真っ直ぐだった。


彼女だけは

妖である白夜を恐れなかった。


「また来たのか?」


「うん!」


「だって…会いたかったから!」


白夜はその笑顔が好きだった。


何よりも

誰よりも

彼女を愛していた。


だから

失った時

彼は壊れてしまった。


少女は病で死んだ。


ただそれだけ…

人として自然な死である

けれど

白夜には受け入れられなかった。


「また会える…」


そう信じた。


「必ず見つける…」


そう誓った。


そして

数百年

彼は生まれ変わりを探し続けた。


---


店主はそこで言葉を切った。


そして

静かに私を見た。


「さて

続きを聞きますか?」


その時だった。


カラン。


店の扉が開いた音が聞こえ

私は反射的に振り返る。


そこに立っていたのは

一人の男だった。


白い髪に

整った顔立ちで

黒いコートを着ていて

金色の瞳をしている。


きれいで

息を呑むほど美しい男だった。


男は私を見る。


ただそれだけ

それだけなのに

世界から音が消えた。


「ああ……」


男が呟く。


震える声だった。


「やっと…

やっと見つけた…」


---


その瞳から

ぽたりと涙が落ちた。



「凛花」


初対面のはずなのに

男は私の名前を呼んだ。


「迎えに来たよ…」



店主は小さくため息を吐いた。


「お久しぶりですね…白夜さん」




男は笑う。

どこか壊れたような笑顔で


「ええ…

数百年ぶりです」


---


そして。


男は胸に手を当てる。


---


「初めまして…

俺は九条白夜くじょうびゃくや


---


金色の瞳が細められた


「君を迎えに来た狐だ…」


その瞬間

簪の鈴が

再び鳴った。


ちりん


そして私はまだ知らない。


この九尾の愛が

監禁よりも

呪いよりも

もっと静かで

もっと逃げられないものだということを――。


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