家族
――私はどれくらい眠っていたのだろう?
意識が浮かび上がると
最初に聞こえたのは雨音だった。
しとしとと窓を叩く静かな雨の音だ。
私は重い瞼をゆっくり開いた。
「……ここ……どこ?」
知らない天井に
知らない部屋だ。
薄暗い室内には古い家具が並んでいる。
まるで何十年も前で時間が
止まったような空間だった。
身体を起こそうとして
私は違和感に気付く。
「……え?」
指先が動かない。
正確には動くけれど
どこか感覚がおかしい。
私は震える手を見下ろした。
白い…白すぎる
あまりにも白い陶器のような肌
継ぎ目のような細い線に
人形の関節にも似た不自然な美しさがある。
「なに……これ!……」
背筋が凍る。
慌ててベッドから降りようとして
鏡が目に入った。
そして
私は悲鳴を飲み込んだ。
鏡の中にいたのは私だった
けれど私ではなかった。
まるで精巧な人形だ。
生きているはずなのに
生き物らしさが消えている。
「いや……」
後退る。
「いや……いや……」
その時だった。
――コンコン
扉がノックされる。
私は凍り付いた。
静かに扉が開くと
そこに立っていたのは玲司だった。
彼は私を見るなり微笑む。
心の底から安心したような笑顔。
「起きたんだね?」
私は震える声で叫んだ。
「何をしたの……?」
玲司は少し困ったように笑った。
「怒ると思ったよ…」
「何をしたのって聞いてるの!」
私の声が部屋に響く
けれど玲司は怒らなかった。
ただ悲しそうに目を伏せる。
「ごめん…」
その一言だけだった。
「でもね」
彼は再び顔を上げる
その瞳には狂気じみた安堵が宿っていた。
「これで結月は壊れないし
歳も取らない」
「消えないで
ずっと俺の隣にいてくれる」
私は首を横に振る。
人形にされたのを信じたくない。
玲司はゆっくり近付いてくる。
「怖いよね?
分かるよ?」
「俺も最初は怖かった…」
そう言いながら
彼は私の頬へそっと触れた。
「でも大丈夫
時間が経てば慣れるから…」
その瞬間…
部屋の外から微かな音が聞こえた。
――コツ
――カツン
誰かが歩いている音がして
私ははっとして扉の向こうを見る。
玲司の表情が僅かに曇った。
「見たのか?」
「……何?」
玲司は答えないで
私の代わりに扉を少し開き
そして廊下の先を見せた。
そこには
何十体もの人形が並んでいた。
椅子に座る者に
窓際に立つ者や
本を読む者がいた。
まるで生きているような姿で
全員がこちらを見ていた。
私は息を止める。
その中には
涙を流しているような顔もあった。
助けを求めているような顔もあった。
そして
諦め切ったような顔も。
玲司は静かに言う。
「大丈夫」
「みんな家族だから」
その言葉が
何よりも恐ろしく聞こえた。




