彼の決断
「……ごめんなさい」
私の口から零れた言葉は
雨音に消えてしまいそうなほど小さかった。
返事を聞いて
玲司は一瞬だけ固まった。
まるで時間が止まったみたいに。
「……そうか」
静かな声だったが
怒っているようには見えない。
むしろ穏やかだった。
穏やかすぎて
私は逆に不安になった。
玲司は俯く。
長い前髪が目元に影を落とした。
「そっか……」
ぽつりと呟く。
「やっぱり駄目か…」
その笑顔はどこか寂しそうだった。
私は胸が痛くなる。
けれど
次の瞬間…
玲司は小さく笑った。
「でも」
その声が何か変わった。
ぞくり、と背筋が冷える。
玲司はゆっくり顔を上げるが
その瞳は穏やかなままだけれど
何かが決定的に壊れていた。
「やっぱ…返せないな…」
「……え?」
「ごめん…」
玲司は笑う。
「本当にごめん…」
一歩
また一歩と
私へ近付く。
「結月を自由にしようと思ってたんだ…」
「ちゃんと選んでもらおうって…」
「頑張ってみたんだよ?」
その声は優しい
だからこそ怖い。
「でも無理だった…」
玲司は首を横に振る。
「何百年も探したんだ
やっと見つけたんだ
なのに手放せるわけないだろ!」
私は後退ると
壁にぶつかった。
どうしよう
逃げ場がない。
玲司は悲しそうに笑った。
「ごめんね?」
「本当にごめん…」
その言葉を繰り返しながら
彼は私の頬へ手を伸ばす。
「結月が悪いわけじゃない…」
「俺が弱いんだ…」
「失うのが怖い…」
「また独りになるのが怖い…」
雨音が強くなる。
玲司の指先が私の髪を撫でた。
「だからさ…」
「少しだけ形を変えよう?」
私は息を呑む。
「なにを……」
玲司は微笑む。
人形みたいに綺麗な笑顔だった。
「心はそのままでいい…」
「結月は結月のままでいい…」
「ただ
壊れなくなるだけ
消えなくなるだけ
「ずっと一緒にいられるようになるだけさ…」
私は首を横に振る。
「嫌……」
玲司は目を閉じた。
苦しそうに
泣きそうに
「うん…そう言うと思った」
そして
彼は静かに呟く。
「昔も同じだったから…」
その瞬間…
部屋の奥に並ぶ無数の人形たちの目が、
こちらを向いたような気がした。
玲司は逃げられないほど強く
壊れ物を扱うように慎重に
私を抱き寄せる。
「大丈夫…
怖いのは最初だけだから…」
「みんなそうだった」
その言葉に
私は凍り付いた。
みんな
その一言が異様に重かった。
玲司は私の耳元で囁く。
「結月
目が覚めたら…
もう離ればなれにならなくて済むよ?」
彼の指先が額に触れると
視界が揺れた。
意識が遠のいていく。
最後に見えたのは
悲しそうに微笑む玲司の顔だった。
「今度こそ
ずっと一緒だ…」
雨音だけが響く。
そして部屋の奥では
名も知らぬ人形たちが静かにこちらを見つめていた――。




