屋敷の人形達と玲司
私は館の中を見回しながら、
ふと気になっていたことを口にした。
「ねぇ……玲司さん以外の人形っているの?」
その瞬間…
玲司の足が止まり
館の中が妙に静かになった気がした。
窓を叩く雨音だけが聞こえ
私は首を傾ける。
「玲司さん?」
玲司は少し考えるように目を伏せた
そして小さく笑った。
「いるよ」
あまりにもあっさりした返事だった。
私は廊下の奥へ視線を向けながら、
恐る恐る尋ねた。
「私以外の人間はいるんですか?」
玲司は少しだけ目を瞬いた。
まるで予想していなかった質問だったみたいに。
「人間?」
「はい」
館の中は静かで
遠くの雨音が響いている。
玲司は少し考えてから答えた。
「今はいないよ…」
「今は……?」
その言い方が引っ掛かった。
玲司は困ったように笑う。
「昔はいた」
「昔?」
「迷い込んできた人とか
旅人とか
店主に導かれて来た人とかね…」
私は思わず息を呑む。
「じゃあ、その人たちは……」
玲司は答えずに
代わりに窓の外を見る。
長い沈黙。
やがて静かな声が返ってきた。
「みんな帰ったよ…」
その言葉に何故だろう
妙な違和感を覚えた。
帰った
確かにそう言った。
なのに
どこか嘘をついているような顔だった。
私は思い切って聞く。
「玲司さんは帰さなかったんじゃないんですか?」
その瞬間…
玲司の表情が固まり
館の空気が冷えた気がした。
「……どうしてそう思うの?」
笑っているけれど
目が笑っていない。
私は思わず後退った。
玲司はそれを見ると我に返ったように目を伏せる。
「ごめん」
小さく呟く。
「怒ったわけじゃないよ…」
ただ……
「結月にそう思われるのが少し悲しかっただけだ…」
その声音は本当に傷付いているようだった。
私が返事に困ると
玲司は苦笑した。
「確かに昔の俺なら帰さなかったかもしれない…」
「え……」
「今よりずっと壊れてたから…」
さらりと言われて背筋が冷える。
玲司は自嘲するように笑う。
「何百年も一人だったんだ
まともなわけないだろ?」
その時
――コン
どこかで音がして
私は反射的に振り向くと
誰もいない。
だが
廊下の奥の
閉じていたはずの扉が少しだけ開いていた。
暗闇の中から
誰かがこちらを見ている
気がした。
玲司も気付いたようで
途端に彼の表情が消える。
「見なくていい…」
低い声だった。
「玲司さん……」
「結月」
玲司は私の肩を抱き寄せた。
その手は優しいけれど
逃がさないようにしっかりと。
「この館にはね」
静かに囁く。
「知らなくていいこともあるんだ」
その瞬間…
開いた扉の奥から
かすかな声が聞こえた。
『うそつき』
私が凍り付くと
玲司の顔が険しくなる。
『うそつき』
『また隠してる』
『その子にも言わないの?』
『玲司』
『あの夜のこと』
『結月が死んだ日のこと』
「黙れ!」
玲司の声が響き
館中の窓が震える。
次の瞬間…
扉が勢いよく閉まった。
――バタン!!
静寂。
玲司は私を見ないで黙った。
長い前髪の奥で
その表情は見えなかったけれど
握られた手だけが微かに震えていた。
まるで
何かを恐れているみたいに。
そして私はまだ知らない
この館にいる人形たちが
ただの人形ではないことを
そして玲司が何百年もの間、
絶対に誰にも語ろうとしなかった秘密が、
すぐそこまで迫っていることを――。




