追ってくる人形達
雨は止まない
まるで空そのものが泣いているように。
私は玲司に手を引かれながら、
見知らぬ路地を歩いていた。
おかしい
店を出てからかなり歩いているはずなのに。
人とすれ違わないし
車の音も聞こえない。
それに
街灯の明かりさえ見当たらないし
あるのは雨音だけだった。
「……玲司さん」
返事はない。
「玲司さん?」
玲司は前を向いたまま歩いている。
その横顔は静かだった。
まるで何かに集中しているみたいに
静かすぎて怖くなる。
その時
視界の端で何かが動いた。
私が反射的に振り向くと
誰もいない。
けれど
濡れた電柱の陰に
何か白いものが見えた気がした。
「……」
気のせいだと
そう思った。
だが次の瞬間
ちりん………と
髪飾りの鈴が鳴り
そして
電柱の陰から
人形の顔が覗いていたのを知る。
「っ!?」
私は思わず声を上げた。
真っ白な顔で
ガラス玉のような目をしている。
雨に濡れながら
じっとこちらを見ている。
瞬きをしないし
呼吸もしていない
ただ
見ているのだ。
「玲司さん!」
私が振り返ると
玲司はようやく足を止めた。
そして後ろを見た。
その瞬間…
人形は消えた。
まるで最初からいなかったかのように。
玲司の表情が曇る。
「あいつら…追ってきたのか…」
その声は低かった。
「……何がですか?」
玲司は答えずに
代わりに私の肩を抱き寄せた。
「急ぐぞ!」
「え?」
「見つかる前に!」
その言葉に背筋が冷えた。
見つかる?
誰に?
そう
聞こうとした時だった。
ゴトン…
背後から音がした。
振り返ると
誰もいない。
ガタン…
また聞こえる
今度は近い。
ゴトン。
バタン
ゴロン
何かが転がってくる音がする。
雨の中を
ゆっくり
まったりと
そして街灯の下へ現れたのを見て
私は息を呑んだ。
それは人形の首だった。
人形の首は
長い黒髪を引きずりながら
こちらへ転がってきている。
ガラス玉の目が
私を見ていた。
「いやっ……!」
玲司が私の目を塞ぐ。
「見るな!」
低い声だった。
怒りを押し殺した声で
「結月、見るな!」
その瞬間…
雨の中から無数の足音が響いた。
コツ。
カツン。
ゴツン。
コツン。
四方八方から聞こえて
私は恐る恐る目を開ける。
そこにいたのは
日本人形や
おしゃれ人形
西洋人形
現代の着せ替え人形
その中には
古びた着物を着たものや
ドレスを着たものに
壊れた顔のものや
欠損して体の一部がないものもおり
皆こちらを見ている。
そして
全員が同じ言葉を囁いていた。
『かえして』
『連れてかないで』
『連れてくな』
『その子は』
『わたしたちの』
『大事な…』
『わたしたちの…』
頭がおかしくなりそうだった。
玲司は私を背中へ庇うが
その顔から笑みが消えている。
「……うるさい」
静かな声だった。
だが
その声を聞いた瞬間
その場の空気が変わった。
玲司の首元から
黒い糸が伸びる。
一本
二本
十本
何十本も
まるで蜘蛛の巣みたいに
雨の中へ広がっていく。
人形たちが一斉に止まった。
冷たい笑みを浮かべて
玲司は笑う。
「お前たちに結月は渡さない!」
その言葉には怒りが滲んでいた。
「お前たちには関係ない!」
人形たちの首が一斉に
ありえない角度で傾く。
グキリ
ボキリ
バキリ
骨の折れるような音が響き
私は震えた。
そんな中
玲司だけが平然としている。
いや
違う
平然ではなかった。
その目は狂気じみていた。
何百年も何かを失い続けた者の目
何百年も執着し続けた者の目
をしていた。
「結月」
玲司が振り返ると
その笑顔は
恐ろしいほどに
優しい顔になっていた。
「大丈夫…」
そう言った。
だが
その背後では
無数の人形たちが雨の中で私を見つめ続けていた。
まるで
これから始まる何かを待っているように。




